立ち読み
※赤字の部分は、出版社に立ち読みあり。
『プロローグ』
2003年12月28日、午前11時半。 クリスマス休暇に入って初の日曜日である。マドリードには、いつにもまして、のどかな雰囲気が漂っていた。午後二時半からの昼食には、まだ間がある。ある者は起きぬけの格好でコーヒーをすすり、ある者は行きつけのバルでホットチョコレートとチュロスの朝食を摂り、またある者はまだ温かいベッドの中で夢を見ている……そんな時刻だ。 しかしここ、マドリードのサッカー場だけは、異様な雰囲気に包まれていた。普段の何倍にも膨れ上がった観客席から、多くの視線が、カメラが、固唾をのむようにして、ただひとりの女性を見つめている。
ピィ――
試合開始のホイッスルが、気持ち良く澄みわたったスペインの青空の下に、高々と鳴り響く。その音に促されるようにして、フラッシュが、次々と光る。 小柄なその女性は、コーチエリアに立っている。砂混じりの白っぽい土を踏みしめ、一歩、前に出る。そのすぐ先には白いラインがあり、試合が始まったいま、彼女は審判の許可なしにそれをまたぐことはできない。 タッチラインに沿って歩きながら、選手たちに向かって、両手を打ち鳴らす。彼らを力づけるように、何度も、力強く。肩で分かれてまっすぐに流れる豊かな黒髪が、冬とは思えないスペインの強い陽射しと、絶え間ないフラッシュの光を浴びて、眩いまでに輝いている。
これが、スペインのナショナルリーグに、史上初の女性監督が誕生した瞬間であった。しかも、外国人。それも日本人、である。
百余年のフットボール史で初めてとなる快挙をその目で見届けようと、ナショナルリーグ三部に所属するチーム「プエルタ・ボニータ」のホームグラウンド「エル・オガール」には、この日、国内外から多数のメディアが詰めかけていた。 その様子は、テレビやラジオでは当日のうちに、そして翌日には新聞で一斉に、それぞれ最大限の驚きと称賛をもって伝えられている。
"Yuriko se estrena con una victoria" ――ユリコ、勝利とともにデビュー(二大スポーツ紙「アス」)
"Una japonesa en el banquillo" ――日本人女性、ベンチに(最大手全国紙「エル・パイス」)
それぞれの記事に添えられた写真ではどれも、黒髪の女性が、真剣な表情で選手たちを見つめている。そこには一片の甘えも照れも、おもねりもない。もし彼女が男性だったら、あらゆるメディアは迷わず、外国人が日本人に対して、いや、当の日本人もが海外で活躍する日本人に対して、安易なほどに冠するあの単語を必ずや用いていたことであろう――そう、サムライ、と。
この、スペインのフットボール界で孤軍奮闘し、ついに金字塔を打ち立てるに至ったサムライにしてヤマトナデシコな、あるいはそんなありふれたイメージには収まりきれない魅力溢れる彼女が、この本の主人公である。
佐伯夕利子。
2ヶ月前に30歳の誕生日を迎えたばかりという異例の若さにして、ナショナルリーグ初の女性監督という偉業を、外国人でありながら達成した日本人女性として、その名は永遠に、スペイン・フットボール史に刻まれることになるだろう。
(……)
『日本から台北、そして再び日本へ』
夕利子、3歳。
父の転勤に伴い、テヘランから帰国。夕利子にとっては、初めての日本である。一家はまず、両親の故郷である佐賀へと向かった。
佐賀では夕利子の祖父母が、外国で生まれた孫との初対面を楽しみに待っていた。
ピンポーン
呼び鈴が鳴らされる。一瞬、間があいて、玄関のドアが内側から開けられた。
「おじいちゃん、おばあちゃん!」
初めて祖父母に会うのを楽しみにしていた夕利子は、脇目もふらずに開かれたドアの隙間から入ると、ダダダダッと勢いよく、家の奥まで上がり込んだ……靴を履いたままで。
「ユリ!」
「ゆりちゃん!」
両親があっと驚いたときには、もう遅い。孫の訪問を待ち受けて丁寧に磨き込まれていた廊下に、小さな小さな足跡が、元気に飛び跳ねながら、いくつも残ってしまっていた。
慌てる両親を、祖父母がなだめる。なぁに日本は初めてじゃけん、イランじゃ毎日靴で家の中まで上がりよったとやろうけんが、仕方なか、仕方なかたい。しかし次の瞬間、そう言っていた祖父の顔までが、驚きで固まってしまっていた。初めて会う女の子の孫にと買っていた可愛いお人形を、夕利子は手渡されてからしばらくじいっと見つめるや、ぽいっと放り投げてしまったのだ。この時の両親の狼狽たるや、詳しく記すまでもないだろう。
夕利子はご機嫌で、日本の家というものを、興味深そうに見まわしている。畳が青々とした座敷の隅に、放り投げられたお人形が、所在なげに転がっている。
(……)
『佐伯夕利子フットボール五輪書』
〔地之巻〕
Mi mision es haceros no solo buenos jugadores sino futbolistas de verdad.
―私の使命は、あなたたちを単なる「良い選手」で終わらせることではない。「真のフットボーラー」にすることだ。
監督として選手の前に現れた初日、開口一番に告げた言葉がこれである。
「良い選手」は、スペインには掃いて捨てるほどいる。夕利子が昨季担当したプエルタ・ボニータでも、ナショナルリーグでプレーしているだけのことはあって、ほぼ例外なく全員が、子どもの頃から抜きんでた才能を認められてきた「良い選手」だった。
スペインでは、フットボールは社会の一部を構成している。子どもたちは、小さな時からレベルの高いフットボールを見、また目の肥えたファンに囲まれて過ごすうち、自然と、高度なテクニックから戦術的イメージまでを体得してしまう。フットボールへの理解度も、自ずと高くなる。ここに生まれつきの才能が加われば、あっという間に「良い選手」が誕生する。実際に夕利子の周囲は、「良い選手」、あるいは元「良い選手」ばかりだ。
しかし、彼らのすべてが「真のフットボーラー」になれるわけではない。「真のフットボーラー」になるためには、周囲から「良い選手」とチヤホヤされることに満足してしまっていては、ダメなのである。
厳しいセレクションを通って、アトレティコ・デ・マドリーという、誰もが羨むビッグクラブに入った選手たちに、夕利子は最初に伝える。
ここは、ゴールではない。
いまからが、本当のスタートなのだ。
あなたたちはいま、さらなる飛躍を遂げるチャンスを与えられたのだ、と。
(……)

