"日帰り国境越えの旅"

 日本では見られないもの。国境。あるラインを跨いだだけで、言葉も習慣も違う国になっちゃうって、どういうこと?  見たい見たい行ってみたいとダンナをムリヤリ運転席に座らせ、往復1.200キロ、日帰り国境越えの旅に出掛ける。目指すは西、カステラの故郷・ポルトガル

朝4時起床、おやつを積み込んでいざ出発。まずは北へ、1世紀にできた水道橋と仔豚の丸焼きで有名なセゴビアを通過したら西、13世紀からの歴史ある大学都市・サラマンカ。川を挟んで「ゴシック様式最後の溜め息」と称される素晴らしいカテドラルが見える、はずだがまだ夜が明けないので真っ暗。本当の溜め息。左右に広がる草地では、早起きの牧畜が食事中。うっかり羊の数を数え出し、あえなく眠りに落ちる。

出発後3時間半、「もうすぐ国境やで、そろそろ起き」とダンナの声。涎を拭って、正面を凝視する。そこにあるのは、人気のない、料金所のようなもの。「国境は?」「目の前にあるがな」 え? これ? 拍子抜けする素っ気無さ。人っ子ひとりいない閑散としたゲートを、車は無感動に通り過ぎる。うそーん。銃を持った警備隊とか、眼光鋭いクスリの運び屋とか、いないんや。なーんだ。


 落胆したら腹が減ったので、サービスエリアに入る。カフェテリアのカウンターに立って「オラ! ブエノス・ディアス」(おはよう)と声を掛けると、「ボン・ディアー」と返事。トイレでおばあちゃんのためにドアを開けると、「オブリガード!」と感謝される。わっ、やっぱり言葉違うんや、とアホな感動。当たり前です。

ダンナは「カフェ・コン・レイテ(スペイン語でカフェ・コン・レチェ、日本でのカフェオレ)」を注文。私は…メニューに「cha」なるものを発見して「チャ!」と叫んだら「シャ」と訂正される。出て来たのは、リプトンの紅茶。茶。チャ。シャ。ウフッ。

こうなりゃポルトガルでしか見ないものを頼もうということで、隣のトラック野郎が頼んでいた「ビファーナ」を注文。出て来たのは、厚切りモモ肉のソテーをパンに挟んだもの。一見がさつな作りなのだが、肉もパンもとびきり柔らかくて美味。スペインで食べるボガディージョより好きかも。ウフ。

ついでに、ショーケースに並んでいた、小さなお菓子を指差して注文。大きさは、親指と人差し指で輪を作ったくらい。サクサクのパイ地の真ん中に、焦げ目のついた黄色いクリーム。口に放り込むと、卵の風味たっぷりの素朴な味。名前を聞いたら「ナタ」、スペインでは生クリームを差す言葉。あまりに美味いので、ダンナとあのクソ甘いベルギーワッフルなんかより絶対流行るぜと画策しながらもう1個。スポンサー募集中です。ウフッ。


 腹も充たされたところで、一路ポルトへ。町に入る手前で、久々に海を見る。青い海にゆっくりと注ぐ川を渡ると、小さなポルトの町。坂のある石畳の町を、チンチン電車が走る。悪く言うと活気がないほど、どことなく穏やかな雰囲気。静かに、懐かしい気持ち。

町を歩く人たちは、スペイン人と比べてさらに小柄。髪の色も黒く、後ろ姿を見ていると日本人と区別がつかない。肌の黒い人をよく見かけるのは、植民地だった地域からの移民だそう。スペインもそうだが、宗主国だった責任から移民を受け入れているらしい。

小雨の降りはじめた石畳の港町。沈滞した空気の中を、日本人によく似た人たちが通り過ぎる。あっ、ここで気がついた。私の故郷・長崎に良く似てるんだ。天気にも誘われ、ちょっと湿った気持ちになる。クスン。福砂屋のカステラ食いたい。


 片道7時間もかかるから、ゆっくりしている時間はない。土産にいわゆる「ポート・ワイン」を買ったら、郷愁を断ち切ってそそくさと帰路へ。

道路標識を見ていて気がついたのだが、ポルトガルでは、ポルトガル語と英語が併記されていることが多い。英語の理解率が日本以下のスペインでは考えられないことだ。つい隣の国なのに。

また、ポルトガル語に接してみて、カタルーニャ語(バルセロナを中心とした地方で話されている言葉。いわゆる「スペイン語」のカスティージャ語に比べ、フランス語の要素が多分に入る)と共通の部分が多いと思った。”c”の下に、カギがついた文字があるあたりも良く似ている。この文字なんか、スペイン語(カスティージャ語)にはないのだ。

・おはよう:「Bom dia(カタルーニャ語「Bon dia」、スペイン語「Buenos dias」、フランス語「Bonjour」)

・さよなら:「Adeus(カタルーニャ語「Adeu」、スペイン語「Adios」フランス語「Aurevoir」)

とはいえ、スペイン語(カスティージャ語。いわゆる「スペイン語」)とポルトガル語でだって、なんとか会話はできる。それぞれの言語で喋っていても、お互いにだいたいの意味はわかるのだ。方言程度の違いなのかもしれない。


 ユーロ圏は着々とひとつになりつつあるし、近隣の国同士だともともと言葉や文化もそう違わないし、国境なんてあってないようなもの、っていうのがヨーロッパなのかなぁ。復路、相変わらず無人のガランとした国境を通りながら思った。

ついさっきまで”! Feliz Natal !”というクリスマス・イルミネーションで飾られていた同じ道が、”! Feliz Navidad !”という電飾に変わっている(※)。東に進むために急速に暮れてゆく空から、同じ雨が降り続く。



indexへ