スペインでの買い物は楽しい。デパートなんかじゃなくて、メルカド(市場)なんかだと最高に楽しい。スペイン人というのが一概に仕事が遅い人種であるというのもあるのだが、買い物に出ると優に1時間はかかってしまう。
小さな商店が軒を連ねるメルカドはもちろん、日本のちょっと大きなコンビニくらいのスーパーにも普通、肉屋と魚屋と八百屋などが入っている。
通りを挟んだスーパーに入っている魚屋には、以前も少し書いたかもしれないが、初めてスペインで買い物をしてドキドキしている私に「サヨナラ!」と声をかけてくれた、気さくな兄ちゃんがいる。注文の後に必ず聞かれる ”Nada mas?”(他に欲しいものはないか?)の問いに、私が”Nada”(ないよ)と答えても、わざわざ”Nothing?” となぜか英語で再び問う、かなり無意味な国際派である。
私もやっと自己主張ができるようになって、大きな鋏で(!)チョキチョキと手際よく魚をさばく彼に向かって、「そっちの蛸の足じゃなくて、こっちの足」だとか「そのアサリは除いて」などと言えるようになった。でも、まだまだ。もっと勉強せねば。インチキ国際派魚屋と丁々発止のやり取りができないようでは、スペインに来た意味ないもんね。
ちょっと離れたスーパーの肉屋は、ザ・だみ声の渋いおじちゃん。セリ市のような声で、本日の特売品をとうとうと説明してくれる。だけどそれを買おうとすると、もうちょっと高い肉を薦めるあたり、なかなかのクセ者。
おじちゃんは最初、「日本から来たのか? 東京か?」と話しかけてくれた。続いて、「飛行機で来たのか?」 他になんで来ようか。しかし、単語が聞き取れなかった私に、首だけない鶏肉を片手に握ったまま、少年のような瞳で両手を広げて飛行機の真似をしてくれた。そして意味なくウィンク。思わずクラッ。
彼らに限らず、どの店の人もやたらに人懐っこい。豊かな表情とオーバーなリアクションで、異国暮らしでちょっぴり淋しい私の心をわしづかみにする。そしてポイントは、必ず会話の端々に”Guapa!” (グワパ)という単語を挟むこと。
はじめて私に”Muy guapa!”と言ったのは、ダンナ御用達の肉屋の親父。意味がわからずダンナに尋ねると、「お前ホンマに太ってるなぁ、っていう意味や」との答え。思わず親父を睨んでしまったのだが、後で辞書を引くと、なんと「美女」と書いてある。
そうなのである。みんな、豚ばら肉 500gを買いに来ただけの私にでも、「オラ、別嬪さん」と声をかけてくれるのである。あまりみんなに言われるものだから、「やだ、私って日本で評価されなかったけど国際派美人?」なんて、鳴らせない口笛も思わず吹いたりしてしまう。ちょっと離れたところの良い魚屋に勤める、目のクリクリしたお調子者のパコなんて、「君はとてもグワパだなぁ。結婚してるの? 残念!」なんて言うのである。これで楽しい気分にならない女性がいようか。(でも、このパコという人物、続けて「良かったよ、僕も結婚してるから」というのだが)
ただし、実際のところ、”Guapa”は「ちょっとそこのお嬢さん」てな意味合いに使われていることがほとんど。ちょうどみのもんたが、50才のおばちゃんに「そちらのお嬢さんは?」と言うのと同じである。とすると、”Guapa”と言われて喜んでいる私って、もんたの術中にハマったおばちゃんと同じなのかもしれない。ウウム。
実際、次にダンナ御用達の店を訪れた時のこと。”Guapa!”と声がするので最高級の笑顔を向けると、親父の視線の先では犬(♀)が尻尾を振っていた。チッ。
買い物に疲れたら、ちょっと一服。バル(立ち飲み居酒屋兼喫茶店)は、メルカドの一角にあったり、スーパーの中のパン屋さんがバルも兼ねていたりする。コーヒー1杯もビール1杯も、だいたい125Ptsくらい。日本円だと70円くらいか(ウゥム、円高恐るべし)。 これで、小さなツマミも付いてくるからたまらない。顔見知りになると、ツマミもぐぐっと豪華になったりする。私がよく頼むのは、”クララ”。生ビールを、スプライトみたいなので割ったもの。ちょっと甘くて、喉ごしビールで、たまらない。
そんなこんなで、気が付くと家を出て1時間が経ってしまっている。たくさん浴びせられた”Guapa”の言葉と食事前のアルコールで頬を上気させながら、両手にいっぱいの荷物を4階(日本での5階)の我が家まで階段で持って上がる。汗ばんだ手でドアを開けて、生鮮食品を入れようと冷蔵庫を開けると、そこにはよく冷えたビール。思わず手に取って、プシュっと開ける。
かくして、ダンナが帰宅した時にはいつも上機嫌。めでたし、めでたし。