1月最後の日曜日は、朝から快晴。私とダンナはそそくさと車に飛び乗り、北へと向かう。透き通った空気の遥か彼方に、青空を背景にして白く雪をいただく山々の姿。なんとも心洗われる景色を堪能すること2時間、目的地のバジャドリー(Valladlid)に到着。
バジャドリー、日本ではそれほど知名度が高くなかったこの町の名が突然注目を集めている。なーんてもってまわった言い方をしなくても、皆さんすでにご存知だよね。そう、サッカー日本代表の城彰二選手が移籍してきたのだ。今日は、彼の移籍後3戦目となる試合。相手は目下リーガ・エスパニョーラで首位を走るデポルティボ。これまで、テレビに映る城選手の姿に「頑張ってるねぇ」と正座して拍手を送っていたのだが、もう居ても立ってもいられない。だもんで、車を運転して駆けつけることにした。
現地で待っていてくれたのは、知人のご夫妻。ワインの輸出業を営みながら、もう長い間バジャドリーに暮らしてこられた日本人。もちろん、城選手が来る以前からのレアル・バジャドリーファン。私みたいなニワカファンが増えてたいへんなはずなのに、「どうせ行くつもりだったから」といろいろと心を砕いてくださる。感謝。
2万5千以上入るというスタジアムは、とても綺麗。屋根には、暖房(赤外線?)がついている箇所もある。チームカラーの紫と白で色分けされた座席が、目に美しい。前回訪れたラジョのスタジアム(第6話参照)とは大違い。ところでラジョといえば、城が当初移籍する予定だった貧乏な下町チーム。選手に支給されるユニフォームは年間5枚。ということは、試合後の慣例である相手選手とのユニフォームの交換は、ほぼ自腹となるらしい。聞くも涙、語るも涙。城選手の移籍をなくした、他選手の移籍金未払いっていう事実にも、納得。城選手、バジャドリーで良かったよ、たぶん。
席につくやいなや、ちびっこの団体が興味津々でこちらを見たり、手を振ったりしてくる。手を振り返すと、「ソーイ、ジョー!」と黄色い声を重ねて返してくる。めちゃ可愛い。
ちなみに、”Shoji Jo”をちゃんと発音できるスペイン人は、ほとんどいない。以前も話した通り(第9話参照)”J”はハ行音になるから”Jo”は「ホ」、”H”は発音しないから”Shoji”は「ソーヒ」となるのが普通。でも、名字はちゃんと「ジョー」と読んでくれている。ところが今度は、スペイン語で「私は〜です」というのを”Yo soy 〜”(ジョー ソイ)というのだから、もう謎が謎を呼ぶ名前。こちらの耳が悪いこともあり、テレビの中継でも、ちびっこたちの声も、”Soy yo”(「私は私です」)と聞こえてしまう。
芝の上では、選手がウォーミングアップ中。いちばん右に、少し長めの黒い髪を揺らしている選手が。「あっ、城だ!」 サッカーが好きなわけでもなかったのだが、目の前に城選手がいて、スペイン人選手に混じって頑張っているのを見るとやっぱり感無量。彼はすでに充分頑張っていると思うので気安く「頑張れ!」なんて声を掛けるのも気が引け、ただ黙ってみつめる。
寒風を寄せ付けないほど観客席が埋まった午後5時、試合開始。開始後しばらくは、他の選手に比べて動きが鈍いような気がして「それでいいの?」と不安になる。私ったら。サッカーのこと、ましてプロのことなんてなーもわからんくせに。だが、時間が経つと、徐々に動きが激しくなる。いいぞ!
前半10分とちょっと、ついに城がシュート(ボレーシュートというらしい)。これはディフェンダーに阻まれたけど、その後の一連の攻撃でバジャドリーに先制点が入る。この攻防、ちょうど席に近い側で行われていたのだが、城選手のシャツが相手選手にひっぱられるひっぱられる。さらにはコーナーからボールが上げられる前から、相手選手ときたらまるで熱烈な恋人のように城選手の腰に手を廻し、ぎゅうっと抱きしめ引き寄せる。でも城選手は、恋を芽生えさせることもなく、振り切って良いプレイを見せた。良いね!
スペインのサッカーは激しい。字面では知っていたのだが、生で見るとハンパじゃない。ボールへの執着というか、執念というか。そこには、鬼気迫るものがある。城選手は? いや、すごかったよ。まだまだだ、と言う人もいるかもしれないけど、ふたりがかりで転がされて蹴飛ばされても、足でしっかりボールを挟んでた。安達祐美のような根性だ。シャツをつかまれ、腕に取り縋られても、どうにかして良いパスを出してた。少なくとも、あの激しいマーク、私ならへこたれてしまうぜ。
この日は、ひいき目で見なくても城選手は活躍したようだった。後半28分に交替のためベンチへ戻る時には、スタジアムが大きな拍手で包まれた。スタンディング・オベイションで称える人も、少なからずいた。もちろん私も立ち上がって、精一杯の拍手。
試合は、相手チームがひとり退場になったこともあり、首位相手とは思えないほど一方的なバジャドリーペース。城選手にも、何度かシュートチャンスが訪れたように思えた。残念ながら次回の楽しみとなったけど、いつ決めてもおかしくない雰囲気。ホント、よく絡んでいたよ。
結局、バジャドリーは4対1の大勝利。私も、ゴールの度に、慌てて買ったばかりの紫と白で染め抜かれたマフラーを首から外し、ブンブン振り回してゴールを祝っちゃったよ。最高!
日本の野球場も好きなのだが、同じくらいスペインのサッカースタジアムも素晴らしい。とくに、バジャドリーは素敵だった。ちびっこだけじゃなく、おっちゃんも若者も「ジョー、ジョー」と言いながら話し掛けてくる。前の席のおじいちゃんは、得点の度に私たちを振り向いて、極上のウィンクを飛ばしてくれた。
バジャドリーでは、スタジアム内だけでなく、地域を上げて城選手を応援している様子。同行させてもらった知人の話では、バジャドリーの新聞にはほぼ毎日、城選手の記事が載っているらしい。立ち寄った高速のサービスエリアでも、店員のにいちゃんがニヤリと笑って開いていた新聞を私たちに見せた。そこには、大きく城選手の写真。とにかく、予想以上の歓迎ぶり。なんて温かい土地なんだ。
サッカーに興味のなかった私も、城選手を見たらやっぱり胸が熱くなったし、それよりなによりサッカーおもしろかった! ツートップのもうひとり、ちょっと背が低いビクトールも素晴らしく格好良かったし。これから、できるだけ応援しようっと。マフラーを巻いたまま浮かれ気分でマドリへ帰りながら、心に誓ったのでありました。
そうそう、「一緒に写真に写ってくれ」とも頼まれたんだよ。なぜかデポルティーボファンだったんだけど。なんで? ま、いっか。とにかくサッカーが好きなんだよね。ベンガ! ベンガ!!