"日常大工"

 長崎の実家近くにある一般向け工具等専門店の看板にはたしか大きく”DIY”と書いてあった。なんでも”DO IT YOURSELF”の略らしい。商品を売らんかなとする小売店の看板に「自分でせえや」と書いちゃ少なくとも「クリンビュー・拭き取り不要の簡単ワックス」を買おうと思っている人の購買意欲は減退させてしまうと思うのだが、まぁ日曜大工の工具はうちで買ってね、ということだったんだろう。

舞台は変わって、こちらでたまに訪れる大型スーパーのこと。食料品から衣料品、家電にパソコンまで扱う、いわば「ダイエーハイパーマート」的な店舗。初めて足を踏みれた時、工具や自動車関連パーツなどの充実ぶりに驚かされた。店内のかなりのスペースを、電動ドリルなどの工具、壁を埋めるパテやペンキなどの家屋補修道具、タイヤまでがズラリと並ぶ自動車関連パーツが占めているのだ。身近なスーパーに、工具等専門店並みの品目が揃っているんだもんねぇ。その時は縁がないと思って通り過ぎたのだが。<


 という前振りでだいたい想像は付かれたと思うが、スペインに来て「うそーん、こんなことまで自分でせなならんの?」という場面に何度も出くわした。「働かざるもの食うべからず」ではないが、なんだかなんでも自分でしなきゃいけない、いわば”THE DIY”の国なのである。もちろん、お金を積めばなんでも他人にしてもらえるけど、私は燃える現妻(現地採用もしくは現地人と同待遇の労働者の妻。対義語は「駐妻」)。そんなふやけたことは言ってられない。


口笛を吹いて、馴染みの肉屋に行く。牛肉も豚肉もたいがい塊を指差して「これを何グラム、薄く切って(または骨だけ切り落として、挽肉にして)」と頼む。でもこちらで肉屋が自分の腕に惚れ惚れするほどの薄切りにしてくれても、日本なら「ランチステーキ 1,300円。ごはん、スープ、小さいサラダ付き」用の厚さである。それよりも薄切りにしたかったら、塊のまま買ってちょっと冷凍し、固くなったところを削いでゆくしかない。

中華料理が好きなので、豚バラ肉をよく買う。肉屋はコントみたいに大きな包丁で骨ごと切るので、買うと必ず骨が入っている。もついている。だから家に帰るとすぐに骨の部分を切り離して、長崎卓袱料理風角煮に仕上げるレア・ケースを除いては皮も除去しなければならない。これが、まさに骨折り作業。チャンチャン。

鶏肉も同じ。鶏肉屋的にはていねいにさばいたつもりの肉を買っても、骨や血の固まりがついてくる。さらに皮を触っていると、ところどころプチプチと引っかかるものまである。抜けきれなかった鳥の羽根の根元部分。泣く泣く料理用にシフトさせた資生堂1,500円の夏には欠かせない高級毛抜きを取り出して、鳥肌とにらめっこしながら鳥の羽根を抜いてやる。ご存知の方はご存知だと思うが(当たり前)、この鳥肌というの、ちょっとだるんとしてはいるが、なんとも人間の皮膚に似ている。ぐにゃりとした鳥肌を押さえながらのこの作業、本当に鳥肌ものなのだ。チャンチャン。

まだ買ったことはないが、鶏肉屋ではウサギも並べられてある。手足を縛られ、内臓を脇の上に乗せられた赤剥けのウサギ。美味そうなのでいつか買いたいのだが、小さな顔から覗く二本の前歯が他人事と思えず、ついつい躊躇してしまう。メルカドには、贓物専門店もある。なかなか、圧巻である。先日は自宅で焼肉をしようと牛タンを買いに行ったら、そこにはまさに牛の舌がデロリンと置いてある。まだ自分で皮を剥ぐ自信がなかったので、意気地なく諦めた。まったく舌を巻く意気地なさである。ちょっとキビシイか。チャンチャン。


買った後に手が掛かるのは、料理ばかりではない。ソファとテーブルを買いに行った郊外大型家具専門店(※)では、店員に注文を伝えると、なにやら番号が書かれた紙を渡された。よくわからないままその紙を持って出口の方へ進むと、なんと店舗の出口側半分が倉庫となっている。各々の棚には番号が。もしや、と思って巨大な倉庫内で指示された番号の場所を探し当ててみると。

あった。買おうと思っていたソファが。パーツに分解されて。テーブルも同様。どうやら、自分で組み立てなければならないらしい。大きなカートにソファとテーブルとを乗せて、レジを済ます。配送を頼もうと思ったら、5.000Ptasもかかるとのこと。なるほどそういえば、大きなフルゴネーター(軽トラック?)で来ている客の多さよ。私たちもなんとか乗ってきた車に押し込もうと思ったが、あのスマートなお尻のプジョー306にはどう考えても無理な話。泣く泣く配送を頼んだ。「我が社のスタッフが組み立てるオプションもありますよ」 「いいえ、結構です。自分でやります!

なぁに、自分でイーゼルから焼却炉まで作る父の子だ、でぇく仕事は大得意。というわけで翌日は、ダンナを仕事に送り出してから俄か日曜大工。いや、平日大工か。いやいや、こんなことが続くようじゃ、日常大工だぜ。チャンチャン。


 そう、日常なのである。料理と同じくらい日常的に手を掛けなければならないのが自宅の保全なのだが、これがまたあなた、日本では想像もできなかったほどたいへん。入居したすぐ、「契約に含まれているから破損箇所を修理する」とご家庭用工具キットをぶら下げた家主親子がやってきて、鍵の壊れたサッシにドリルで穴を空けたり、閉まらなくなっていたドアーを下から削ったりと無茶苦茶な修理をしはじめた時には驚いた。しかもこれからは、自分たちでやらなきゃいけないという

私より1年長くスペインに居たダンナは慣れた様子で室内の説明をはじめた。「バスルームは天井がボロボロになってるから近いうちに塗らんとあかんな。あとベッドルームの壁に開いてる穴、今はええけど暖かくなったらぎょうさん虫が出てくるかもしれんさかいに、夏までに埋めとこ」 ……は? そんなん自分でせなならんの? 「当たり前やん。ここをどこやと思うてんねん。スペインやぞ

と、ここまで書いて気がついた。あかん、ベッドルームの壁の穴、まだ埋めてへんわ。最近、日中の最高気温は軽く25度を超えている。あかんあかん、HP更新する前に壁の穴埋めな。虫はさすがによう食わんしな。しかし、よく思い出したなぁ。まさに虫が騒ぐ、というやつか。チャンチャン。って言ってる場合ちゃうっちゅうねん。サイナラ!


※註: この家具専門店"IKEA"(イケア)はスウェーデン発で世界一大きな組み立て家具会社だそう。この後訪れたカリフォルニア州サンディエゴでも見かけたが、「アイケア」と呼ばれていた。スウェーデン読みではなんなのだろう? 指摘してくれた読者さん、ありがとう!



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