「最近、ぜーんぜん雨が降らない」という文章から前回は軽快に書き始めたのだが、その翌日の夕刻、ピカリと稲妻が走ったかと思うと、ドンガラガッチャと雹(ヒョウ)が降り注ぎ、もんどりうって大雨へ。慌てて5日目の夕風をはらんでいた洗濯物を取り込み、おへそを隠して、部屋の隅で小さくなっておりました。これを境に気候は一転、夏から冬へ。日中最高気温が27度の翌週に、雪が降ったりするありさま。
そんな中、先週末の土曜の深夜2時が3時になってサマータイムに突入。すでに、日が沈んで辺りが暗くなるのは夜9時というハレンチぶり。というわけで、更新が遅れたというのはウソ。実は「兄さん」「若旦那」とダンナ同士が初対面にして熱き契りを交わした友人Tさん夫妻との麻雀で2度も若旦那の国士無双にキューソーで打ち込んだのだが、それを嘆き暮れていたわけでもなく。なんだかぼーっとしてました。失礼いたしました。
そんなわけでちょっと前になってしまいますが、冬時間最後の日曜日、以前も観戦した(第六話参照)ラジョ・バジェカノのスタジアムへ。対戦相手は、城彰二選手の所属するレアル・バジャドリー。しかしこの日は、直前の中国戦で腱を切って全治5ヵ月かと思ったら実は高校時代からの古傷でその後は周辺筋肉を鍛えてるから平気(!)だし半月板損傷も手術を要するほどではなくそれでも1ヵ月くらいは復帰できないのかな、ということで残念ながら城選手欠場。
何度訪れても埼玉県蕨市営サッカー場にしか見えない小さな小さなスタジアムの、これまたちょこんと屋根のついた小さな席に腰掛ける。隣が通路だったということもあるのだが、すれ違う人また人が口々に「おい、今日はソーヒ・ジョーは出ないんだぜ。知ってるのか?」と声を掛けてくれる。城選手の知名度の高さと、スペイン人の相も変わらぬおせっかいぶりに小感激。
試合は、ラジョの一方的リードで進む。ハーフタイムに合流したバジャドリー在住Nさんご夫妻(第十六話参照)が「今日はいいとこなし」と溜め息を吐く展開。そんな中でひとり気を吐いていたのが、身長165cmながらグラウンド内を所狭しと走り回るバジャドリーの名FW・ビクトールではなく、通路を挟んだ隣の席に真っ赤なジャケットを無理矢理押し込んで座っていた太ったおばちゃん。
試合前半は、その2列前に座っていた競馬場にいそうなおじさんがムードメーカー的存在で、納得行かない判定には右手を挙げて「ホーデ!」となんとも呆れた様子を見せ、ゴールへ攻め込む場面では立ち上がって「ベンガ!」などと叫んでいた。これぞ、正しきスペイン的サッカー観戦法。
しかし後半開始直後、真っ赤なおばちゃんが現れると状況は一変。まずおばちゃん、屋根付き(つまり、グラウンドの横側)のそれも真ん中あたり(センターライン?近辺)の席にもかかわらず、ひとり立ち上がり、ゴールネット裏に陣取る熱狂的サポーターが合唱する応援歌に、熱狂的金切り声で参加。その後も、絶叫的声援や狂暴的ジェスチャーを続け、笠松競馬場に通ってそうな普通のおじさんからすっかり主導権を奪い去る。
あまりに面白いのでおばちゃんと試合を交互に見ていると、後半、ラジョが追加点を挙げる。同行するホセがファンのラジョと、アウェーチームであるバジャドリー、どちらを応援するべくもなくごく普通に得点を喜んでいると、重厚感ある殺気が。恐る恐る横を見ると、喜色満面、顔まで真っ赤に染まった赤ジャケットのおばちゃんが、こちらへ向かって通路をどしんどしんと突進してきている。
そして高々と上げられた逞しい右手は、おそらく当方とのハイタッチを目指してぶんっと空気を切る音とともに振り下ろされた。慌てて真剣白刃取りよろしく頭上ギリギリで受けると、右手に強烈なシビレと痛みが走る。おばちゃんは続けて私のダンナ、同行の男性、そしてあろうことか根っからのバジャドリーファンであるNさんご夫妻をその鈍器のような右手でなぎ倒し、さらに広範囲で辻斬りを続ける。
「完敗だ」、眩しそうな眼差しでおばちゃんを見ていたおじさんはひっそり姿を消し、おばちゃんはそんな陰たるものの存在を気づくこともなく噴火し続け、それに応えるようにラジョは得点を重ね、その度におばちゃんの周りは死屍累々。結局試合は、4対0でラジョの圧勝。全身から湯気を出して上機嫌のおばちゃんと真っ赤に腫れ上がった右手でそっと握手を交わし、スタジアムを後にする。
試合観戦後は、お馴染みのカラコル(カタツムリ)料理が美味しいバルへ。今回も店の奥にはめ込まれた実に可愛いカタツムリ柄ステンドグラスの横に陣取り、シラウオみたいな小さな魚のフリートが山盛りにされた皿を運んで来ては「これは目が毒だから食べちゃだめだよ」なんてわざわざ一言残すまさにスペイン的なバル店主のウィンクを肴にビールを飲む。もちろん、カタツムリもね。あとエビのオーブン焼きでしょ、アサリのカレー風味でしょ、白身魚のフライでしょ。それから。
「えっ、まだ食べるの?」 同行4人に呆れられつつ、パクパクと食べ、グビグビグと呑む私。そんでもってろれつのまわらない舌で現在形も過去形も人称も怪しいスペイン語を操り、ホセに「今私、セビジャーナス(フラメンコ風盆踊り)習ってるの。今度一緒に、踊ってねぇ。でっへへ」などとからむ。しまいにはその場で踊りだし、隣のテーブルの老夫婦の拍手をムリヤリに仰ぐ始末
翌日、ダンナが聞いたところによると、ホセは「カナは、あんまりだ」と恐怖の面持ちで語ったという。何があんまりなのかわからないのだが、たぶん全部なんだろう。仕方ない、このまま『あんまり道』を邁進し、真っ赤なおばちゃんを目指す所存であります。