"俺、ホアキン!"

 ホアキン・コルテス。20世紀最後のスペインに狂おしくも咲き誇る一輪の赤いバラ。世の婦女子の心を捕らえたばかりか、ナオミ・キャンベルを自殺未遂にまで追い込んだと噂される魅惑的で罪深き肉体。

1969年2月22日、ヒターノ(ジプシー)の血を享け、アンダルシア地方はコルドバに生まれる。12歳でマドリッドに移り、本格的に踊りを開始。15歳にして由緒あるスペイン王立バレエ団に加入、またたく間にソロの地位まで登りつめる。1992年、自身の舞踊団を結成。1995年の第二作目『パシオン・ヒターナ』(日本での公演名『ジプシー・パッション』)は4年間にわたり全世界で披露され、数多くの喝采や熱狂的視線や投げキッスややっかみを受ける。

そんでもって2000年4月、5年振りの新作『.SOUL』がマドリッドの Teatro Coliseumu de Madrid で公開された。私、それに行って来たですよ、ハイ。


 ナオミ騒動で名前を知ってはいたし、日本で『ジプシー・パッション』が公開された時は某テレビ局がスポンサーに付いていたためクマテツ(熊川哲也)との対談などアホらしくも見てみたい特番を組んでいたのでつい見ていたし、セビージャで行われた世界陸上のオープニングではサル君(織田裕二)のアホなコメントを圧倒するような踊りを見せてくれたのもテレビにかじりついて見ていた。

その印象は、「これで髪がもうちょっと多かったら完璧に私の理想の人間、雰囲気はもうカリスマ、たとえば斉藤陽子が近づけるレベルの人間じゃないよな」。そんな既に腰砕け状態の私が座る席は、なんと2列目。ホアキンまでの最短距離、実に1.5m


幕が開いて現れたホアキンバンドの構成は、フラメンコ音楽関連でカンタオーラ(歌う女性)が3人に男性4・5人、各種打楽器を力強く打ち鳴らす男性3・4人、指揮者もいる弦楽器パートは素晴らしい音色を聴かせる出色のフルートを含め6・7人といったところ。まず、カンタオーラの圧倒的ユニゾン。やがて音楽が入って、機械のように美しい女性ダンサー11人(有名女優の妹もいるらしい)が踊る。そんでもって、白い衣裳に身を固めた、ホアキン登場

「ああ、これがあの世界のホアキンなのね。…思ったより顔、でかいなぁ」 胸の前で両手を重ねあわせ、ハート型のマナコでホアキンを見つめる私。ステージ上では女性ダンサー達が出たり引っ込んだり、音楽が激しくリズムを刻んだり哀しくメロディーをかたどったり。そんな中を、様々な衣裳に身を包んだホアキンが現れ、叫ぶように踊り、消える。

お得意の上半身裸で黒タイツ一丁というスタイルになった時の「これって江頭2:50じゃん」とか、その世界一美しい背中に虫刺されで赤くなった箇所を見つけてみたりとか、そういう不遜な考えを必死で払いのける。そうこうするうち、あっという間に公演の2時間が過ぎてしまった。


踊りには全く詳しくないので、どこがどう素晴らしいというのはわからない。それでも、ターンを決めながらも正確にしかも脈の通ったリズムを刻むや、後ろ姿で高く上げた指先にまで充ちたエロスなどには、かなり心を持っていかれた。しかしそれより何より印象に残ったのは、テレビを通して見た時には伝わらなかったホアキンという人間の醸し出す雰囲気

彼はカリスマ。だから、クマテツだとかサッカーの中田みたいに、ツンツンしているのかと思っていた(これだって想像だけどね)。ところが、奴ときたら。

ツツツツツ。12拍子に合わせてステージ奥から素晴らしい肉体と熱きパシオンを美しく制御したホアキンという存在が怒涛のような音楽を従えて観客の方へと踊りながら押し寄せる。一刻一刻と迫り来るあの瞬間。拡散していた音楽も観客の視線もただただホアキンのあらわな肉体だけに注がれたその時、彼はキメのポーズを取る。蝶のように妖しく両手を拡げ、足は剣のように鋭く宙を裂き、そして観客に向けた顔には不敵な笑み。私は見たのだ、その顔にはこう書いてあるのを。「俺、ホアキン!


どうやらホアキンはアホです。だって、めっちゃ嬉しそうに踊ってんねんもん。「俺、踊ってるこの俺が世界中でいちばん好き! 君は? 君もだろう? 嗚呼君もこの俺が、踊っているこの俺の肉体が大好きだろう? ほら見てみろよ、この俺、パン!」 なんかそんな感じ。

それでも、というかそれだからこそ、ホアキンは格好良かった。最初はカリスマの舞台ということでかなりしゃちほこばってステージを凝視していた私も、最後の方はゲランゲラン笑いながら楽しんでいた。なんせ、素晴らしく楽しかった。ホアキンの、完璧と言いつつ数年前よりはやはり脇腹がゆるくなっているに違いないその生ける肉体も、世界中の情熱と美とエロスをこの眼に見てくれと言わんばかりの自身たっぷりの表情も、時間を追うごとに汗で薄さが際立ってくるロンゲも、その全てが、劇場の2列目に座ってしまって場違いかなぁとソワソワしながらダンナはホアキンと同じ年生まれだけどぜんぜん違うよねぇあぁ髪の薄さは同じくらいかなんて考えては首を傾げている私という人間を精一杯楽しませてくれた。とても素敵な夜でした。


 皆さんも機会あれば、ぜひ、アホなホアキンを見に行ってみてください。闘牛をモチーフにした踊りもあるフラメンコ的ショーなんて、外国人が想うスペインというエッセンスを凝縮した素晴らしいものだと思いますよ。

ちなみにホアキンは最近、長身を折り畳むようにしてSmartを運転し、近所を上半身裸でランニングし、部屋に帰っては飽きるまで(飽きないんだけど)鏡の前でポーズを決めているらしいです。思い切って私も、ホアキンみたいに自分を好きになるか。アホや思われても思うた人が楽しく笑ってくれるなら、それで幸せだし。しかしさすがに上半身裸でランニングは……。 ホアキン、恐るべし



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