この数日、なんとか開け放った窓から流れ込む冷気に頬を撫でられて熟睡できるようになったものの、8月のマドリはクソ暑い。路傍の気温計が平気で47度などと冗談みたいな表示をしているのを目にしては、クラリとその場に倒れそうになってしまう。
ガイドブックを見れば、「マドリードは標高が高いので、真夏の日中でも日陰に入れば汗がすーっと引く」などと上手に旅情を誘い出す文句が並べてあったりするのだが、奥さん、40度を超す気温でそんな話が本当にあると思いやすかい?
こちらは湿気が少ないから日本の夏のように真綿で首をじんわり絞めてくるような不快感はないまでも、日陰に入ったって風が止んでいたらねっとりとした脂汗が肌を覆ってくるのは同じこと。よーじ屋のあぶら取り紙を束にして使ったって追いつかないのであります。
「朝起きたら窓を開けて換気し、気温が上がってくる朝10時から涼しい風が吹きはじめる夕刻までは、窓もブラインドもぴっちり閉めておく」というのが、こちらで代々語り継がれている夏の過ごし方。というわけで、日中はだいたいどこの家のブラインドも降ろされている。頭上には燦々と輝く太陽があるっていうのに、家の中はまっ暗け。過ぎたるは及ばざるがごとし。
でも、それで涼しいかというと、やっぱりそんなことは全然ないのですよ奥さん。これはもうなんとしても暑い。照りつける太陽を避けて真っ暗に閉め切った部屋の中で、関節の内側や内腿などに汗を噴き出させている昼下がりの人妻、そんな不埒な存在を演じるしかないのであります。ヨヨヨ。
そもそもこんなに暑いというのに、なぜか日本ほど(というかごく一般的な家庭には)エアコンが普及していない。寒さの厳しい冬用には、セントラル・ヒーティングがかなりの割合で普及しているというのに。なんでやろ? とこちらに住んで長いT子さんに聞くと、「だから8月はみんなマドリから逃げ出しちゃうんだよー!」とのこと。なるほど。しかし私たちのバカシオネスは、一足先に終わっている。今は旅行に行く時間もなければ金もない。(ちなみにT子さん夫妻もマドリ居残り組。ご愁傷様!)
仕方ないから、「よし、エアコン入れよう」と己れを鼓舞しながら扇風機を回し、暇だから唇を寄せて「ワーレーワーレーハー」と声を震わし宇宙人の真似をする。あぁ、これぞ夏。今どき日本なら9歳の姪っ子でもしないであろう、古き良き夏の風物詩。って、そんなに力むことでもないやね。
しかし、気温が40度を超えると、いかに扇風機の前で古典的な芸風を研鑚してみたところで暑さが和らぐものでもない。しかもそんな日に限って風がそよとも動かないから、やっと陽が沈んだ夜10時頃からいそいそと部屋中の窓を開けてみたって、ちっとも涼しくならない。ビールを飲んでも、飯を食っても、もう息をするだけで汗がボトボト落ちてくる。汗みずくでスイカにかぶりついたりして、これまた古き良き夏の風物詩ナリ。
最近は、やっと涼しさを求めることに諦めもついて、ダンナと顔を見合わせては「なんやこれ、あっついなぁー、あっつっい、なーあ」とゲラゲラ笑うばかり。だってこれだけ横綱相撲のような夏を見せつけられると、笑うしかないやんか。暑さで少しイってもうたのかもしれんけど。
で、思った。私がガイドブックを書くことがあったら、「日中でも日陰に入れば、汗がすーっと引く」なんて書かないぞ。「日中でも日陰に入れば、日射病にはなりません。夏は暑いんだ、と久しぶりに諦めてみましょう」って書いてやる。
大丈夫、クーラーなしでもたいがい生きれるもんでっせ。とはいえ別に勧めはしないけどさ。だから、もしマドリに来る機会あったら、8月は避けましょう。こんなん間違いなくアホになります。ね、これ読んでてそう思うでしょ? だって暑いんだもーん。……夏、やね。