"秋深し、隣はコワれたおばあちゃん"

 「スペイン人って、ホンット、親切!」 ってな感想をもつ人は多いハズ。

確かに、道にポツネンとたたずんでいると身なりの良いおばさんが「あなた、どこに行きたいの?」と声をかけてくれるし、重い荷物をエッチラ運んでいると若いあんちゃんが「手伝うよ」と手を差し伸べてくれるし、バルでタパス(つまみ)を決めかねていると赤ら顔のオイヤンが「コレ、コレ美味しいから食べてみな、コレ。そりゃもう美味しいから。ちょっと、ここにもコレね! 美味しいぞ! ワッハハッハ」と仕切ってくれる。

だけど、モノゴトには裏と表が……なんてわかりきったことを書くよりは大阪のコテン的コテコテンおばちゃんを想像してもらう方が早いと思うのだが、スペイン人って、ホンット、おせっかいやき。旅行ならともかく、住むとなると、これが大問題。だって隣近所みーんな、おせっかいやき屋さんなんだから。

おそるべきこのお隣さん、スペイン語で "vecino"(ベシノ)という。


 ウチのピソ(アパート)は、4階建てのエレベータなし、壁面に亀裂多し、というオンボロピソ。1フロアには4つの住居があり、どれも同じ小さな3DK。階段が折り返す部分に、小さな玄関扉が4つ、コの字型に並んでいる。

住民は、ほとんどが長年ここに住んでいる人たち。建物と同じで、なんだかシワだらけ


地階に住んでいる管理人親子は、アビラから移り住んでもう30年以上になるとか。引っ越してきた当日、ベランダへ出るガラス戸の鍵が壊れていると言うと、電動ドリルを不器用に動かしながら、本人にも意外そうな場所に大きな穴を作り、鍵がかかるようにしてくれた。そのかわり右の戸は傾いちゃったから、冬には標高660メートルのすきま風がビュウビュウ吹き込むけど。

家賃の払い込みが遅れて怒られた翌日、「どうすんの、もう1年更新するの?」と管理人息子に訊かれたので「うん、ここ好きだもんね」と答えると、途端に相好を崩して「そうだろ、良いだろ、俺も君みたいな人が借り手で嬉しいよ。10年も20年も住んでくれ。まぁそう距離を作るなよ。気軽に何でも言ってくれよな、ただ『オラ、ちょっと来て!』て言ってくれれば良いからさ。どうだ、ベランダの鍵はバッチリだろう? 部屋はどうだ。最上階で良いなぁ、あそこは最高だよ」だって。(ちなみにスペインでは、夏に涼しいのが良い部屋の条件だから、いちばん良いのが地階。最上階は、夏は屋根や天井が灼けるし冬は寒風吹きすさぶしで最悪なのである)


いちばんの仲良しは、2階のフリアばあちゃん。ここは彼女とその姉、その母、さらに息子夫婦に孫の一家で、フロアの3住居を占領しているのだ。だもんでその3つの玄関扉を開けっ放したまま、彼女がガウン姿で各住居間をウロウロしていることも多い。いつも歯のない顔でニコニコ笑っている。優しい、壊れた人形みたい。

彼女は日本という国も知らなければ、アメリカも知らない。説明しても覚えてくれない。それなのに、毎回、「あなたの国ではどうなの?」と尋ねてくれる。それは嬉しいんだけど、私の説明を覚えるわけではないから何度も同じことを言うことになる。でもいつもニコニコと、ときにサービス満点のビックリ顔を交えて聞いてくれる。だからやっぱり嬉しくなっちゃうんだけど、なんだか私もコワれそう。

バスで一緒になった時は、周囲の乗客に、「この子、スペインに来たばっかりなの。お友達になってあげてくれない?」と頼んでまわってくれた。ひぇー、ばあちゃん、ばあちゃん、恥かしかばい。赤面して袖を引っ張る私に、「もちろん良いわよ、私、マリカルメン」なんて乗客も信じられないくらいフレンドリーな対応。参っちゃうなぁ。ここがスゴイぞスペイン人、だよね

ちなみにフリアばあちゃん、カナという名前をとうとう覚えられなかったらしい。近頃、「あら、どこ行くの? 私の娘」と呼び止められるのだ。


いちばん頼りにしているのが、同じ階で向いのマテオじいさん。小さくてハゲでお腹が出てて、チョコチョコチョコと歩く、典型的スペインじいさん。毎朝このピソを出ると、通りを挟んで向いのピソへ入って行く。仕事かと思ってたけど、もう定年したって言ってたし。なんなんや。ダンナとふたり、空想中。

ここでは水道とガスの検針が2ヵ月に1回、行われる。係員が各家庭の台所まで入って、メーターをチェックするのだ。最初はこれがわからなかった。「ガース、ガース」と叫ぶ声と、各住居の呼び鈴が鳴らされ続けるのを聞いて、私は「えっ、ガス漏れ事故!?」と慌ててパジャマのまま飛び出した。それを見て身振り手振りで検針だと教えてくれ、さらには私の先に立って取っ散らかった台所へズカズカ入り、メーターの場所と見方を教えてくれたのがマテオじいさん。

じいさんと交わす会話は、必ず天気の話題から。こっちのボキャブラリーの少なさを慮ってくれてるのだろう。暑くても、寒くても、晴れてても、曇ってても、風が強くても、あるいはどーってことない日でも、じいさんはその素晴らしい表情で、「わしゃ生きててこんな日は初めてじゃわい」という雰囲気を出してくれる。楽しくて仕方ない。もちろん、過剰なものにはからきし弱いダンナも大ファンだ。


先週のガス検針日。慣れた手つきで玄関をガチャリと開けると、明らかに狙い澄ましたタイミングで、見知らぬおばちゃんが疾風のように室内へ飛び込んできた。後ろには検針員が困った様子で立ちすくんでいる。怒り顔でまくしたてるおばちゃんをなだめつつ、その間に勝手に台所まで入っている検針員の様子もうかがいつつ、なんとか理解したところによると。彼女は、唯一私より後に入居してきた、同じ階で斜め前の部屋の住人らしい。

「ちょっとあんた! 毎月第2週はあんたの当番なのよ。えっ? 階段の掃除よ。か・い・だ・ん。こっちの部屋が第1週で、あっちが第4週、あたしんとこが第3週。聞かなかったの、管理人から。えぇそうよ、何度も言ったのよ、まったく。ね、本当に知らなかったの?」 ここが正念場。相手は、泣く子も黙るスペイン人vecinaだ。しかも、うちのピソでは攻撃力がいちばん強そう。

「えーっ、知らなかったです。今月からちゃんとしますね、教えてくれてありがとう」 満面の笑みを添えて。よし、空気が変わったぞ。「あら、知らなかったのね、それなら良いのよ」 「どうもありがとう、ところで、名前は?」 「ペピータよ。これからよろしくね。あなたは? カナっていうの、可愛い名前ね」 ここで、両頬にチュウして無事解決。フゥ。でもこれで仲良しになったから、○。


 本当に知らなかったけど階段掃除当番にも組み込まれたし、今年は住民集会とかにも出なきゃなぁ。そのうち、じいちゃんばあちゃんたちに、寿司でも握ってあげようかしら。なんか毎日、楽しい気分にさせてもらってるし。

ちなみにスペイン人は、親切だからおせっかいで、さらに言うと、他人の生活に興味津々。「本当よ、玄関の覗き窓からじーっと、他の部屋を訪ねてくる人とか観察してる人もけっこういるんだから」とは、在西暦長いTさんから飛び出した恐るべき言葉。

ウソ! と思う人は、 "La comunidad"という映画を見てちょうだい。マドリのとあるピソで、死体と3億ペセタが発見されたらどんなことになるか、わかるはず。かなり特徴ある vecinoたちだけど、あながち誇張でもないかも……、らしいっす。



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