10月10日、日曜日。ニワカ街角探検隊になった私とダンナが地下鉄の隣駅で降りると、昨日まで閑散とした公園だった場所に巨大な観覧車ほか楽しそうな乗り物各種が。チラと一瞥をくれたダンナ、「あぁ、移動遊園地やね」。さすがスペインに1年半いただけのことはあり、大した感動もなく言ってのけた。ちょっと待て、「移動遊園地」? めっちゃ楽しそうやんか。いったん帰宅した後の夜9時、日曜日しか休みのないダンナの尻を叩いてお出掛け。
その後わかったのだが、10月12日は地元の人曰く「ピラールの祝日」。「ピラール」とは「柱の聖母マリア」という意味で、スペインの女性守護者。紀元後40年にスペイン北部サラゴサへマリア様がやってきた故事に基づくのだ。そして、隣駅一帯の名前は「ピラール地区」。名前にちなんで、毎年その日までの数日間、盛大なお祭りが行われているそう。たまたまこれに遭遇したってワケ。
さらに今調べてわかったのだが、10月12日は「イスパニア文化の日」という全国的祝日。コロンブスがアメリカに到達した日らしい。ってことは、なんの祭りだったんだ? マァいいやなんでも楽しければ。きっとそれこそがスペインの真実。
夜9時、やっと祭りは始まったばかり。大人向け乗り物は、「こんなん組み立て式やったら危ないやろ」とおののくほど巨大な観覧車を中心に、良い体格のにーちゃんがコロコロ転がっている激しいロデオ、みんなが檻の中で腰砕けになっているフリーフォールなど約10種。子ども向けにも、うさんくさいミッキーマウスが微笑むゴーカートなど約10種。中には、ロバ数十頭が、回転する天井に繋がれた首輪のせいでイヤイヤ歩き続ける「回転木馬」ならぬ「回転生ロバ」という動物愛護団体激昂間違いなしのアトラクションも。「哀しそうな瞳でみ〜て〜い〜る〜よ〜」と、思わずドナドナを口ずさむ。
私とダンナは、毎年死人が出ても平気で興行を続ける絶叫型マシーンと心中するつもりはないのでいちばん穏やかそうな観覧車へ。二人掛けのシートに座ると、案の定、シートベルトはない。シートベルトどころか足を置くところもなく、私の可愛いアンヨは中空にブラブラ泳いでいる。必死でしがみつく横の手すりが冷や汗で滑りだした頃、観覧車はゆっくり上昇を始めた。あっ、前の席(向かい合わせになっている)の女の子のサンダルが落っこちた!!
ゆっくりと、ゆっくりと私たちを乗せた観覧車が回る。ケバケバしい電飾に煽られた祭りの熱気も、次第に遥か足元に小さく感じられるようになる。「ロマンチックね、あなた」と優しく吹く風の中で顔を寄せようとするとダンナが一言、「これ、速くなってへん?」。我に返った私の顔に、上空の冷たい風が明らかに先ほどより強く吹き付けてくる。声にならない声を上げたところで、シートは風を切って観覧車の頂点へと掬い上げられた。
前を向いて上昇していた私たちのシートは、遠心力のせいか頂点でふわりと浮いた後、一気に後ろ向きで下降。「いやぁぁぁ!」 フリーフォール系がなにより苦手な私、絶叫。しかし鉄の面の観覧車は意地悪く笑いながら高速で回り続ける。誰かのサンダルやピアスやサングラスが放物線を描いて投げ出される度に「あぁ次は私の番かも」とともすれば崩れ落ちそうになる身体を、唯一の頼りである横の手すりに全身全霊を込めて押し付ける。いったい何周したのだろうか、スペインのアトラクションは概して長いとはいえあまりの時間の長さに係のにーちゃんを見ると、次に並んだねーちゃんを熱っぽく口説いている途中。あぁこんな場合スペイン人が仕事に戻るわけはない、と諦めて、さっきから横で乾いた笑い声を発しているダンナを涙交じりの瞳で見詰め永遠の別れを告げようとした時、やっと速度が弱まった。数分後、停止。生きて再び地面の感触を味わえるとは、と感無量でシートを降りる。
なぜみんなを乗せてしまうまで回転を始めなかったのか。よく考えるとすでにその時点で罠に気づいても良かったのだ。しかしまさかこの世に「絶叫型観覧車」なるものがあるとは思わないじゃあないかなぁ君たちよ、良識ある我等が友よ。突然襲った生命の危機をなんとか脱してクスン、と洟をすすっている私を、おそらく人生まっすぐ歩いた時間より回っていた時間の方が長いであろうそして今も子どもを乗せないままポクポクと円く歩いているロバが醒めた瞳で見ている。ゴメンよ、君の方が辛いよなぁ。
屋台では、わたあめが大盛況。懐かしのリンゴ飴もある。しかしいちばんの人気は、野菜の酢漬け串。大人から子どもまで、手の平いっぱいに酸っぱい臭いをさせて食べている。私は横を素通りして、その先のボカディージョ(フランスパンのサンドイッチ)屋さんへ。
ボカディージョは、こっちでは最もシンプルで親しまれている食事。中身は、生ハムやソーセージ、イカのリングフライ、まぁなんでも。最近のお気に入りは豚の血がたっぷり入った黒いソーセージなのだが、今夜はもっと良い匂いを漂わせているものがある。屋台の真ん中に置かれたドラム缶で揚げられている、正体不明のもの。ぐちゅっとした形状から察するに、内臓系か? まぁフランスパンに挟むってことは食べられるんだろう、と注文。すぐに油から揚げてよく油切りもしないままパンに挟み、塩をどっさり掛けてくれた。
1リットル600円で買ったサングリアを片手に、さっそく湯気を立てている正体不明のものにかぶりつく。端の方のカリッとした歯ごたえ、真ん中のブムニュッとした触感、噛むと大量の油とともに染み出す旨味。ウムムムム、美味いっ! 果たしてなんなのかわからんが。ダンナとまたたく間に平らげる。
その後、お決まりの射的やダーツ、ビンゴゲームなどでいささか散財して帰途についたのが夜12時。まだまだ祭りは最高潮、道路は大人だけじゃなくて青少年から小さな子ども、赤ちゃん連れまでたくさん溢れている。みんな本当に宵っ張り。
祭りは祝日である12日に終了。12日の深夜1時、いつものようにダンナとふたりで仲良く麻雀をしていると、ドオンという大きな破裂音が続けざまに飛び込んできた。すわガス爆発かと窓を開けると、3キロ離れた祭り会場から呑気に花火が上がっている。おい、1時だぜ。一帯の犬が飛び起き、ワンワンキャンキャンモイーンモイーンと大騒ぎ。あちらこちらで窓が開き、しばしの花火ショー観覧。数十発目、群青色した夜空に大きな大きな花火がふたつ上がる。満足して窓を閉め、東三局親私6千点差で2着目ダンナのリーチ後初ツモという緊迫した場面から麻雀を再開。その瞬間、またもや空気を揺るがしてすさまじい破裂音が。ダンナ、思わず盲牌を誤る。花火はその後もしばらく続いた。
今回、宵っ張りで祭り好きなスペイン人をイヤというほど見せつけられました。深夜1時の花火にも怒らないで、笑うしかしゃーないわ、と思えるようじゃなくちゃこの国には住めないようです。私とダンナは、スペイン人のあまりのスペイン人らしさに腹を抱えて笑い転げたので、もうしばらくは住めそうなりよ。デハ、またね!
あっ、正体不明の美味しいボカディージョの中身、現地の人に聞いてわかりました。どうやら大量のホタルイカだったらしいです。美味いわけだ。こっちの人、イカやタコは大好物なんですよ。