カウントダウンはソル広場で、と思っていたけど雨が降った。仲良しのTさん夫妻宅へ押しかけた。23時30分を過ぎて着いたもんだから大慌てで年越し蕎麦をいただき、テレビでアップになっているソル広場の時計台のカウントダウンに合わせて黒豆を12個、口の中に放り込んだ。本来はブドウを食べるのがスペイン風なんだけど、スペインに住む日本人らしく黒豆12個という選択になった。Tさんが前夜からことこと煮てくれた黒豆は早食いするにはもったいないほど美味しかったけど、やはり黒豆12個はブドウ12粒よりも口中の水分を奪うのであり、平たく言うとみんな目を白黒させていた。21世紀になるからといって、目が赤白とかグリーン・ピンクにはならなかったので良かった。そこからジャラジャラと翌日の夜までひたすらアレ。麻に集まる雀がチュン。
どうも久しぶりでキャラクターを喪ってしまってます。カナ@マドリです。今年もよろしくね。
我が家のご近所さんは、お年寄りばかり。下は70代から、上は90代。ところが先月、つらつらと当番の階段掃除をしていると、階下の部屋から若い男性が現れた。チラとこちらを見ると、そそくさと部屋に戻ってしまう。なんだ?
翌週、ダンナが興奮した面持ちで帰ってきた。曰く、「今な、階段で会うた兄ちゃんに『アナタ、ニホンジン?』って声かけられたんやで。日本語で。下の階に住んでるんやて」とのこと。続けて「あっそうや、この間おまえを見たって言うてたで」と言うからパチーンと思い出して「あ、階段掃除のときばい」と答えると、ダンナ、大爆笑。この、私の気を惹きたい気配たっぷりの笑いには常に悪意が潜んでいる。案の定「おうおう、そんときな、中国人かと思うたんやて。それが今日俺を見てな、少なくとも俺は日本人やと思ったから声をかけたって」
別に中国人と思われようと未成年と思われようと南米人と思われようとクスリの売人と思われようと(すべて実際にあった)、そんなことはどうでもよろしい。ただ、スペインでは「オリエンタル=中国人」とまず思われるという現実がある。道ですれ違った人が「最近よく見るわね、中国人」などと話すのが聞こえるし、子どもたちは「チーノ、チーノ」と囃し立てたりする。たまには「ん、日本人?」「中国人でしょ」などとチラチラこちらを窺いながら相談していたりするので、がばと振り向いて「ピカチュウ!」と一吠えしたい衝動にかられるのだが、どうもその勇気が出ない。だからスペインで「日本人ですよね?」と言われるのは日本で「あんた、長崎の出身じゃなかね?」と言われるくらい稀で、やはりその分、嬉しいのだ。
だから「少なくとも俺は」日本人だと思われたダンナは意気揚々とし、ということはとりあえず日本人の範疇から外された私はしょぼくれて、ついでにそのきっかけとなった階下の住人を恨んだ。恨んだおかげで、イバンという名前をすぐ覚えた。イバンのバカ、ってね。
先週、ピソの入り口に立って駐車中のダンナを待っていると、中から男性が現れた。夜なので顔は分からないが、小さなピソなのだから、その住人または知人に違いない。「オラ、ブエナース」と反射的に挨拶すると、「?」という雰囲気でその男性が近寄ってきた。すわ、貞操の危機か。手に提げた2リットルのオリーブオイルは武器になるかと考えをめぐらせているうち、「コンバンワ? ジャナイ?」と声をかけられた。
「あっ、イバンでしょ?」 まったくの日本語で叫んだ私に、「ハイ、ドーモハジメマシテ。イバンデス」の返事と、優しい笑顔。初対面の挨拶を交わして、少しだけ喋って、素敵な縁だわよね、もっといっぱい喋りましょうねと約束して別れる。車に乗り込むイバンに手を振りながら「"ドーモハジメマシテ、オバンデス"だったらおもしろかったのに」なんて埒もないことを考えつつ。
そして先日、ついにゆっくりと喋ることができた。イバンはコロンビア出身。日本には5年間、滞在していた。スペインは2年目、今は職探し中につきアルバイトをしているとのこと。どんな仕事、と訊くと日本語で「ゲンバ」と答えた。工事現場のことらしい。できれば日系企業で働きたいな。日本が良い、やっぱり、お金が良いから。仕事もある。日本がだめなら、オーストラリアが良い。ここも仕事がある。英語も勉強しなくちゃ。
コロンビアには帰れない。政治、経済、治安……、美しい自然をのぞくすべてのものがひどすぎる。妻と子どもが住んでいるけどね。子どもには会いたい。でも、無理かな。ほら写真見て、可愛いでしょ。これは生まれてすぐ。私も若かったね。これはハロウィンのとき。可愛いでしょ。ところで、カナはどうして日本に住まない?
「日本では働くために生きる、でもここでは生きるために働くでしょ」 いつものこの問いに対する答えを言いかけたけど、なんだかヤな気分になって口を閉じてしまった。生活や貧しさを背負っているから偉いというわけではないのだから、必死で仕事を探すイバンに気後れすることなんてない。「ゲンバ」という日本語を覚えざるをえなかったイバンの日本での待遇を想像してみたって、それはお門違いな感傷ってもんだ。実際に今、私たちは同じ家賃を払って同じピソに住んでいる。それならなおさら、失礼極まりない感傷じゃあないか。
でもね、イバンにはいつもの定型文句で答えたくなかった。だから、こう言ったの。「わかんない。なんでスペインの方に住みたい、死ぬまでここで生活したいと思うのか。ただ、好きなのは好き。もちろん日本も好きだけど。スペインにいる自分の方が、好きなんだ。今はね」
明日の午後も、イバンとお喋りなんだ。今度は、私が日本語と英語の先生。イバンはスペイン語の先生。そして私たちは、とてもご近所さんのお友達。