"なんと熱狂的な日曜日"

 10月25日、日曜日。こちらの知人から「阪神さん」と呼ばれる我ら夫婦第三話参照)は、野球一筋の人生に別れを告げて遂にサッカーなるものの観戦に出かける。心持ちコソコソとした運転で、目指すはマドリ南方にある下町のチーム「ラジョ」のスタジアム。

ここで説明。マドリには3つのチームがあります。昨年のトヨタカップの勝者すなわちクラブチーム世界一となった最強チーム「レアル・マドリ」。クリクリ頭を光らせて、ひとりでディフェンスからフォワードまで駆け回るロベルト・カルロスがいます。次に、「アトレティコ」。昨シーズン、7年ぶりに「レアル・マドリ」に勝って2部降格を免れたというそんなに強くないチーム。そして、「ラジョ」。昨シーズンは2部の5位、ギリギリで今シーズン1部に昇格。マドリを本拠地とするチームのうち最弱のはずなのですが、1部に昇格した今シーズン、なんと首位に立っているのです。シーズンは始まったばかり、まるで開幕戦で巨人に勝ち越した阪神状態

ラジョのスタジアム近くに着くと、駐車場(となるべき周囲の道路)は満杯。そこで、交差点に置かれた市のゴミ箱をえいやっ!と蹴飛ばすと前後の車にぶつけながら無理矢理スペースを作って路駐。これが正しい駐車方法。篠つく雨の中、小走りでスタジアムへ向かう。

席は、グラウンド横手の屋根付きスタンド。野球場でいうならさしずめ内野席か。とすると外野席にあたるゴール後ろ側の席は熱狂的サポーターという人々が埋め尽くし、真っ赤(ラジョのカラー)なタオルを振り回しながら轟々と歌い踊っている。ちなみに、この「ゴール後ろ側の席」があるのは片側だけ。反対側は、少し高い壁を挟んで下町のアパートが建ち並ぶ。もちろん、アパートの各ベランダにはタダ見の観客が鈴なり。

ダンナの勤務先から徒歩5分のところにレアル・マドリのホームスタジアムがあるのでそれを想像していたのだが、ラジョのスタジアムは似て非なるもの。なんとか建築風の柱が並ぶレアルマドリの豪壮なスタジアム(収容観客数8万)に対し、ラジョのは「埼玉県蕨市営サッカー場」といった風情のスタジアム(収容観客数1万5千)。荒れた芝の上をマスコットのハチと思えなくもない不細工な着ぐるみが右往左往しているうちに、試合開始。小さなオンボロスタジアムが、熱気で膨れ上がる。


試合開始直後、選手の放った高いシュートがゴールを越え、ついでに後ろの壁も越えて、案の定、隣接するアパートの窓を直撃。観客からどっと笑い声が上がる。ヒマワリの種をポリポリ噛りながら、アルコール抜きビールで観戦。スペインでは全てのサッカー場で、アルコール及びカン・ビンの持ち込み禁止。「酔ってグラウンドにカンやビンを投げ込まないように」というなんとも明快な理由。従って、負けたチームの頭上には食べ残したヒマワリの種がバラバラと降り注ぐことになる。ちなみに、アルコール抜きとして売られているビールには、1パーセントのアルコールが含まれている。なんじゃそら。

TV観戦と比べてやはり生の試合はおもしろい。また良いプレーがあると観客から湧きあがるように温かい拍手が寄せられたり、ちょっとだらけたプレーが出るとブーイングが吹き荒れたり、惜しいシュートには頭をのけぞらせながら「オイィィ!」と日本と寸分違わない言葉が発せられたり、もちろんゴールが決まるとそれはもう津波のような大歓声が起こったり、噂には聞いていたもののサッカー大国スペインの熱狂的な応援に感動。あたり一面、甲子園ライト側外野席なのである。

感動しているうちに、あっという間にゲームセット。試合は、前半にラジョが幸先よく先制ゴールを決めるも、2人退場となったのが響いて相手チーム「ベティス」に3対1で逆転負け。前日に2位の「バルセロナ」が大差で勝っていたので、これにて首位転落。これまた阪神状態なのか? 頑張れラジョ、収容観客数10万を誇るスタジアムを持つバルセロナなんかに負けるな!


 同行したラジョの熱狂的ファン・ホセは、負け試合に肩を落としながらも、我々をスタジアム近くにある馴染みのバル(立ち食い居酒屋兼喫茶店)へと誘う。「残念だったね」とビールで乾杯。テーブルの上には高級シェリー酒が2本、ちょうど良い飲み頃に冷えている。「勝ったら俺の奢りでこれで乾杯って予定だったんだけど……」 この言葉に、ホセのみならず我々まで恨めしげにシェリー酒を見つめていると、店のオーナー登場。「じゃぁこれは、俺の奢りだよ」とシェリー酒を手に取って蓋を開け、グラスに注ぎ分ける。マジ? 驚く我々に、ホセが一言。「こいつはベティスのファンなんだ」 それってホント? ウソ?

真偽不明のまま節操なくシェリー酒で乾杯していると、カタクチイワシの素揚げやエビのフリッターといった定番のつまみに続いて、この店の名物料理が出てくる。山盛りの巻き貝。「へぇー、スペインでも、みな(長崎の方言で、全国名は知りません。磯にいる、小さくてヤドカリが好んで住む巻き貝)を食べるんだー」と手に取って裏返すと、ツノらしきものが2本。「これ、なに?」 答えをおおかた予測しながらダンナを見ると、すでにこの店に来たことがある奴はニヤニヤ笑うのみ。その時ホセが、店の奥のステンドグラスを指差した。赤や黄色や碧の美しい色したガラスで描かれているのは、でーんでーんむーしむーし、カータツムリー! キャー! と悲鳴を上げた大きな口でそのままパクリ。うーむ、クセのない貝ですわ。あっさりしたソースが合わさって、かなり美味。幼少時からカタツムリに対して培われてきた一般的な愛情をぜーんぜーん無ー視ー無ー視ー、まぁ美味し! しかし、このスペインのカタツムリ(「カラコル」)料理をフランスのエスカルゴと決定的に違わしめているのは、なんのてらいもなく山盛りにされたこの量。小さなツノ熱狂的なチュウを重ねながら、数十個を胃の中に収める。

しばらくして、バルにはラジョの関係者という、立派な口髭をたくわえたダリ顔の紳士がモデルのような女性を連れて登場。すでに酒でろれつが怪しくなっていた口で「残念っしたね」と言葉をかけつつ握手すると、横から店のオーナーが「安心してね、こいつはこう見えてもホモだから」とわけのわからないフォロー。ダリ顔の紳士もシェリー酒を注いでくれ、これで朝から胃に入ったのがシェリー酒しこたまと生ビール5杯と本当はアルコールが入っているアルコール抜きビールと大量のカタツムリとヒマワリの種少々といった異常な事態になる。酒に自信がないわけではないのだが、遂にダウン。


へべれけで帰宅、泥寝していると午後5時に電話のベルが。そうだこちらで知り合った初の日本人女性がご主人を連れて遊びにくる約束だった。ダンナとふたり朦朧としながら椅子を交互に動かしているとKちゃん到着。Kちゃんの後ろで、ミスター・ビーンに良く似たスペイン人のご主人が笑っている。

前日が誕生日だったというKちゃん、ケーキその他のプレゼントを持ってきてくれる。なんとスペインでは、誕生日にはその当人がみんなにプレゼントをしたり食事を奢ったりするという習慣らしいのだ。「この歳になることにできたのも、みなさんの支えのお陰です」という意味合いだろうか、そう言われるともっともな気がする。用意していた菓子をすすめると、「今、昼食終わったばかりだから」ということ。そうだ忘れてた、昼食5時に夕食11時の国だった。

しばし懇談の後、日本文化を勉強していたビーン氏の希望もあって日西友好麻雀大会に。ダンナ、初心者のKちゃんから容赦なく親ッパネをあがってハコにする。そういえば私も昔、右も左もわかんない初心者の時、T書房のにーちゃんたちにさんざん毟られたなぁとしばし思い出に耽る。東南西北白發中、熱狂的な四角い宇宙を残して豪雨のマドリの夜は更けるのでありやした。(註:お金は賭けてません、今のとこ)



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