週に1度は、ダンナや友人と、またはひとりでバルに寄る。お出かけの日なら1日3、4回も当たり前。”バル=bar”、何度も出て来たので覚えていただけたであろうか。日本の喫茶店兼居酒屋、ただし立ち飲みスタイル。
喉が渇いたらフレッシュ・オレンジジュースやビールを、小腹が空いたらボガディージョ(フランスパンにハムやソーセージなどを挟む)を、大腹が空いたらテラス席に座って日替わり定食(フルコース)を、一息つくなら薫り高いヨーロピアン・コーヒーとアップルパイを、仕事が終わったらツマミの小皿を並べて生ビールで乾杯! 恋人の腰に手を廻して愛を語りながら、友人と現代社会を嘆きながら、はたまた自宅だと有料チャンネルでしか見られないサッカー中継見たさにぎゅうぎゅう詰めとなった客と、ラウルがゴールを決めた瞬間に誰彼かまわず抱き合いながら。スペインに来て間もない私にとっても欠かせない存在なのだから、スペイン人にとってはそれ以上に身近で不可欠な存在だろう。
外出すると必ずバルに寄るのにはもう一つ大きな理由がある。バルには必ずトイレがあるからだ。なーんだ当たり前じゃん、と思うでしょ? ただ、当たり前じゃないのが、あってしかるべき場所にトイレがないこと。日本のように公園に公衆便所があるわけではなく、地下鉄の駅にも、あったかなぁ確かなかったと思います。どれくらいないかというと、そんな馬鹿な、と思うくらい。ビザ手続のために警察で数時間並んでいた際に、担当警察官に「すんません、トイレ借りたいんですが」と聞いたら「トイレはないなぁ。僕たちしか使えないのならあるけど(ニヤリ)。すぐ近くにバルがあるから、俺ならコーヒーでも飲みつつそこでションベンするね」と言われたほど。警察にまでトイレがないとは、そんな馬鹿な、ね? てなわけで、「トイレはバルで」というのは、公権力のお墨付き(?)なのだ。
お腹いっぱいになったら、全世界共通のお勘定。小さな皿にレシートが載せられて、勘定を頼んだ人の前に出される。ひとりだったらそれに足る金額を皿に載せ、釣りの小銭(だいたい半端な釣りがでるようになっている)をチップとして残して店を出ることになるのだが、問題となるのは複数で呑んだ場合。自分も含めて3人で呑んで、勘定が 2,975円だったとしましょう。※ ここでは、同僚や友人などの対等な関係の複数人を想定してね。
日本の場合、ほとんどワリカンだよね? 勘定を頼んだ、親分肌あるいは心配性の人が「じゃあ俺がまとめて払うから」と言い、他の人はレシートを見ておそらく1,000円札を一枚、彼に渡すことになります。取りまとめ役の人が駄洒落王の場合は必ず「えーっとお釣りお釣り」と10円玉を探す真似をしますが、酒も入って良い気分のあなたは「いいよ取っとけ取っとけ、まぁこの金でたまには嫁さんに美味いものでも食わせてやれよ」と、更に上を行っておっさん臭い応酬をするでしょう。その返しに満足した取りまとめ役の人は、釣の25円に足してポケットから100円玉を取り出すと店のカウンターへ置いていくでしょう。そう、チップです。
ドイツの場合、これまたほとんどワリカンです。日本と同じく、取りまとめ役のもとに金が集められます。ただ、日本と違うのは、とことん妥協しないこと。取りまとめ役の彼は、2,975 ÷ 3 = 991.6666 という計算をします。さぁ困りました、現代数学のもとで2,995は3では割り切れません。0.6666という貨幣もありません。そこであなたが992円を出すと、取りまとめ役の彼は「これじゃ貰い過ぎだ」と頑として受け取りません。どうしましょう。頭を抱えていると、もうひとりの友人が「じゃあ、チップ分も含めて3で割れる額にしよう」と素晴らしい提案をしました。というわけで、100円をチップに置くとして、ひとり 3,075 ÷ 3 = 1,025円を払うということになりました。めでたし、めでたし。
スペインの場合、たいていワリカンはしません。宴の終盤にこっそり勘定を頼んだ人が、こっそり払ってしまいます。あなたが後から気づいて1,000円札を渡そうとしても、笑いながら首を振って受け取りません。じゃあどうするか。あなたはこう言うでしょう、「じゃあ、次は俺が奢るから」。そうです、なんとなく順番でみんなが奢り合うんですよ。次に3人で訪れたのが高級レストランで、あなたが15,000円払ったらどうするか。差額が問題となりそうですが、大丈夫。その次にあなたが払う順番がしばーらく回ってこないだけです。バランスは感覚的なもので、あなたが他の人に比べて経済的に苦しい状況ならば、支払いの順番はさらに遠のくでしょう。なんとものんびりしたものです。
スペイン人の銭勘定は、実に不思議。決して決して、経済的に豊かな国ではありません。失業率が5%台になるかも、と大騒ぎの日本を尻目に、20%近い失業率を誇ってたりするのだから(誇ってはいないのだろうが)。若者は、結婚するまで家族と同居するのはもちろん、結婚してからも同居を続けるケースが多い。家族の絆が深いというのがひとつの側面であるのは真実だけど、経済的に厳しいからというのも否めない真実。だから、第二話でも伝えた通り、「貧乏人でも買えるように」と生活必需食料品はとにかく安い。フランスパン1本が約15円、水1.5リットルが約20円、ビール1缶が約25円、ワイン1本は約200円からあるのだ。
ところが、みんな経済的に自分が厳しいにもかかわらず、より困窮する者には気前よく金を出すらしい。街では、あちこちで物もらいを見かける。いつもあるレストランの前に陣取って営業している人がいるのだが、時折、彼がそのレストランで食事をしている姿に遭遇することがある。どうやら食事代分を稼いだらしい。そして翌日もそこに立っている。きっと、そうやって毎日生活しているのだろう。日本では習慣のないチップだって、もともとは、低すぎる固定収入を補うために、少しは余裕のある「客」の側が渡していたものなのだ。他人からの「恵み」だけで生活する人がいても、なんの不思議もない。
一昨日、テレビでアフリカの飢餓救済キャンペーンを目的とする音楽番組があった。放送中に、表示される番号へ電話すればそれが寄付金となるシステムである。スペインのミュージシャンを中心に、日本でも有名なジプシー・キングスなども参加したこの番組では、放送開始後3時間で既に3,000万を大きく超す寄付が集まっていた。日本でもたまに見かけるが、寄付を訴えるマラソンやその他のイベントでは、いつも驚くような額が集まっている。カトリックの精神なのか、ラテン的大らかさなのか、貧しいからこその長屋的分かち合いなのか。とにかく人間的であり、弱者にとことん優しい。私がこの地を愛するようになった第一の理由である。
そんでもって私もささやかな寄付せんがため電話したかというと……。電話しても「ノ アブロ エスパニョル」(スペイン語わかりません)としか言えないからなぁ、なんて思って躊躇してしまったのだ。あんなにジプシー・キングスの曲に感動したのに。もっともっとスペイン語を勉強せねば、と悔し涙の夜でした。