友に親にサラバと別れを告げて遥かスペインにいるのだが、日本との距離は却って縮まったような気がする。「日本発の悪いピカチュウというモンスターが、無垢な子どもたちの頭から善良なミッキーマウスを駆逐しつつある」なんて言われちゃ、日本にいる時にはポケモンを冷ややかに見てたっていうのに、日本文化擁護のために立ち上がりたくなるってもんだ。そうして日本在住中には考えもしなかった、日本ってものを見つめ直す。そんで今更ながら気がついた。振り返れば、日本はアメリカ文化に浮かぶ島ナリ。
単純明快な事実。たとえば日付けの書き方。このページ右上のような日付表示 ”日.月.年” というのがスペイン式。日本で標準的に用いられている ”月.日.年” というのはアメリカ式。私はこれこそ「世界標準」だと思っていたのだが、実は単なる「アメリカ標準」だったってこと。
もうひとつ、金額の書き方。”1,995” という数字、日本では「せんきゅうひゃくきゅうじゅうご」を意味する。商業を専攻していた友人もそう言っていたので間違いないだろう。日本では千の位に「 , 」を用い、小数点に「 . 」を用いる、というのが標準。ところがスペインでは、上記の数字は「いってんきゅうきゅうご」を意味してしまう。千の位に「. 」、小数点に「 ,」と、まったく逆になるのだ。これも、日本で用いていたのは「世界標準」ではなく「アメリカ標準」だったっていう例。
こうなると、善悪の基準だって怪しい。アメリカで現代の「悪」とされ神経質なまでの追放運動が行われているといえば、喫煙。タバコ会社が敗訴して巨額な賠償金を払うことになった、なんてニュースも記憶に新しい。日本でも、アメリカに続いて、急激に禁煙運動が高まった。今では、JTを除く(そりゃそうだ)殆どの大企業でオフィスが禁煙となっている。私も、狭い給湯室で惨めな気持ちを抱えつつタバコに火をつけたものだ。でも、仕方ないと思っていた。きっとそれが「世界の流れ」なんだから。
ところがスペインときたら、もう、ホントになんなんだか。空港の荷物を待つターンテーブルの横で、デパートの中で、スーパーの中で、市場の中で、赤ちゃん連れのバルの中で、吸うわ吸うわ。男性も吸うが、女性の喫煙者がとくに目に付く。公園でタバコを燻らせながら、赤ちゃんの乗ったベビーカーを揺らしていたりする。別に誰も、眉をしかめる人はいない。きっと個人の問題であり、世間から非難されることではないから。
アメリカ的潔癖さが感じられない良い例が、マクドナルド。スペインでは、禁煙席なんてものはもちろんない。みんなタバコをプカプカ吸いながら、日本では数年前に「環境に悪い」と撤廃された発泡スチロールのケースからビッグマックをつまみ出して噛り、ビールで流し込んでいる。そう、マクドナルドにビールがあるのだ。「MacMenu(バリューセット)で、ドリンクはビール。」なんてアホみたいな注文がまかり通る。
喫煙や飲酒の善悪については、一概に言えることではないので深くは言及しない。「スペインは先進国じゃないから」という人もあり、それはそれで明白な事実である。ただ、日本で「世界標準」だと思っている多くのものが、「アメリカ標準」であったり、少なくともそれを標準としない国があるということに気づいたのは、たいへんな驚きだったのさ。疑ったこともなかったからね。そう、疑ったこともなかったさ。外国人が困っていたら、迷わず英語で話しかけていたもの。外国人はアメリカ人だと思っていたからさ。
日本を離れたことで、日本固有の文化は新たに見つめ直すようになった。だから、日本との距離は縮まったような気がしている。一方で、日本にいる時に漠然と「世界」と思っていたアメリカっていうのは、世界にたくさんある国のひとつであるだけなんだなぁ、とつくづく思うようになった。潔癖で正義感の強いアメリカよ、強い意志で自由を実現するアメリカよ、サヨナラ。ここは、ヨーロッパ。カナはちょっとだけ遠くに来ました。
なんちて。でも、義姉の出身国であり、兄とともに現在住んでいるアメリカのことが嫌いになったわけじゃないよ。ただ時折タバコの煙をプカリと青空に吐き出しながら、あぁ健康第一のアメリカで兄は今頃さぞかし苦労してるんじゃなかろうか、って思ってニヤリとするだけさ。