スーパーのチラシを眺めながらなんとなくテレビを聞いていたら、「えー、イギリスのイサベル女王とカルロス皇太子が」という言葉が耳に飛び込んできた。聞き覚えのあるような言葉やけど、なんか痒い。怪訝な顔でテレビに目をやって、やっとわかった。そこに映っているのは、いわゆる「エリザベス女王」と「チャールズ皇太子」である。スペイン語的な読み方をしていたわけだ。……すなよ。
スペイン現国王の名前は、フアン・カルロス。この『カルロス』という部分が、フランスでは「シャルル」になり、イギリスでは「チャールズ」となる。それぞれ、その国の歴史に深く根差す名前。だから、やはりその国での名前で呼んであげんといかんと思うんやけど。
まさか、英語圏で「ロバート・チャールズ」なんて言ってないやろうな。誰のことかわかる? レアル・マドリの人気選手、「ロベルト・カルロス」通称「ロベカル」。うわ、どうしよ、通称「ロバチャー」とかって言われてたら。
もしスペイン語圏進出の予定があるなら、名前は考えた方が良い。プロレスかなんかに「ミスター・G」って名前の人がおるらしいんやけど、こっちでは、ジャーン!って華々しい音楽で登場した後、「オンブレ・ヘー!」と呼ばれた、らしい。(”Mr.”なら ”Sen~or”になりそうなものだが。) コケるで。
マドリ市内を南北に走る幹線道路、カスティジャーナ通り。現在、クリスマスのイルミネーションで美しく彩られている。この通り沿いのビル屋上に、大きく「JVC」という看板が掲げられている。もしろん、「ビクターJVC」の看板だ。これを指差してスペイン人が一言。「ホタ、ウベ、セ」。しばーらく、なんのことやらわからんかった。
『J』は、「ホタ」。母音と結合すると、ハ行の音になる。だから、「日本」という言葉は「japo'n」と書いて「ハポン」と呼ぶ。郷ひろみが歌ったところで、エキゾチックでもなんでもない響きになってしまうのだ。かなり淋しい。
ちょうど最近、サッカー選手の城がスペインリーグ(しかも極貧チーム「ラジョ」。第六話参照)に移籍するかもと話題になっているが、もしこっちで「JO」というユニフォームを着たら、みんなに「ホ」と呼ばれることになる。なんせ、英語圏で「ジョージ」と呼ばれる『Jorge』を「ホルヘ」と呼ぶ国である。
では、『ジョ』という響きをもつ言葉がないかというと、そんなわけでもない。一人称単数、すなわち「私は」を意味する「yo」という言葉は、たいがい強く、「ジョ」に近い音で発せられている。これにて城選手の問題はめでたく解決するのだが、一方で新たな問題が起こってしまう。
ヤ行を名前に含む、とくに最初がヤ行音から始まる場合である。「矢口」さんはこちらにくると、たいがい「ジャグチ」と呼ばれることになるのだ。その度に、「蛇口ちゃうっちゅうねん」と、馴れないスペイン語で突っ込まなければいけないという苦労を強いられる。えらいこっちゃ。「ゆうゆ」は「重油」に、「野猿」は「邪猿」に。えらいこっちゃで。
「えらいこっちゃ、外国語はたいへんやなぁ」と漠然と思っていたある日。台湾人の可愛い友人ができた。名前を聞くと、「chih-hui」。聞き取りづらかったので漢字で書いてもらうと、なんと「智恵」。
「あんな、聞いて、これって日本では『ちえ』って呼ぶんやけど、めっちゃ一般的な名前なんよ」と興奮して喋りながら気づいた。そっか、まったく同じことやんか。ラテン語から派生した英語やフランス語、スペイン語が共通の言葉を持つように、日本や中国、台湾、韓国も共通の言葉を持っていても全然おかしいことないもんな。外国、というとすぐ近くの国を忘れて欧米を思ってしまう、いつもの悪い癖や。
案の定、彼女はさほど驚いていなかった。悪かった、おっちゃんが悪かったよ。頬に紅潮を残したまま、訳の分からん独り言。霧で霞んだ向こうから、時折揺れているような電飾の灯り。”! Feliz Navidad !” そうだ、スペインで2000年を迎えるんだよなぁ。霧のせいか、文字が潤んで見えるぜ。
註1: スペイン語特有の文字ですが、記号を1コずらして表記することにしました。だから、「n~」というのは本当は「n」の上に「~」がついている文字を示し、「o’」というのは本当は「o」の上にアクセント記号「’」がついていることを表わします。
註2: 「スペイン語」といっても、マドリで使われているのはカスティージャ語。バルセロナなどではカタルーニャ語が使われています。そこでは「J」は「ジャ」行で発音し、日本のことを「ジャポ」(”n”はない)と言うらしいです。カネボウ”テスティモ”もカタルーニャ語だそう。