Sobre...
クロマニョン人から現代まで、スペイン史のキモを5分で紹介。
歴史
紀元前1万5千年〜(縄文時代以前)
□アルタミラ洞窟画
→ 教科書に載っいたあの有名な赤い野牛の絵、「人類最初の芸術」はスペインにあり。
紀元前1100年〜後711年(弥生〜奈良時代)
□ローマ・西ゴート時代
→ 地中海岸にフェニキア人・ギリシャ人・カルタゴ人、大西洋岸にケルト人がやって来る。ポエニ戦争後、ローマに征服される。同帝国滅亡後、ゲルマン民族大移動でやってきた西ゴート族が王国を建設、トレドを首都に定める(507年)。
711年〜1031年(平安時代)
□イスラム時代
→ 711年、ジブラルタル海峡を渡ってきたイスラム勢力が西ゴート族をあっさり滅ぼし、首都をコルドバに定め、後ウマイヤ朝建国。すぐ、半島北部アストゥリアスの山中に逃れたキリスト教徒がレコンキスタ(国土再征服運動)を開始するも、一進一退。結局は王朝の内部崩壊と分裂(1031年)を待つ結果に。
1031年〜1492年(鎌倉〜室町時代)<
□レコンキスタ
→ キリスト教国が独立したり連合したりしつつイスラム勢力を駆逐しながら半島を南下。1085年にトレドを、1236年にコルドバを征服。イスラム勢力はグラナダに逃れ、ナスル朝を建設。
1469年、半島の2大勢力であったカスティージャ・イ・レオン国女王イサベルと、アラゴン国王子フェルナンドが結婚。勢いに乗ってグラナダを征服、これにてレコンキスタ完了(1492年)。彼ら「カトリック両王」により、イスラム教徒、ユダヤ教徒が追い出される。
1492年〜1808年(戦国〜江戸時代)
□太陽の沈まぬ帝国
→ 半島統一と同じ1492年、コロンブスがアメリカ大陸を発見。続くコンキスタドーレス(征服者)たちにより、スペインは莫大な富を得る。1516年、イサベル女王とフェルナンド王の孫であるカルロス1世が神聖ローマ帝国皇帝カール5世になると、ヨーロッパのほとんどがスペインの支配下に。南北アメリカ、フィリピン等の植民地化も進み、世界史上初の大帝国となる。
1561年、カルロス5世の息子フェリペ2世が首都をマドリードに移す。栄光の日々。ところが敗けないはずのスペイン無敵艦隊がイギリス海軍に破れたのをきっかけに、世界の覇権を取って代わられる。しかし国の衰退をよそに芸術は黄金期に入り、ベラスケス、ゴヤ、近代小説の祖『ドン・キホーテ』などが生まれる。
なお、1534年にスペイン人イグナティウス・ロヨラがイエズス会を創立し、1549年にはナバラ出身フランシスコ・ザビエルが日本にキリスト教を勝手に伝道。その後、日本から天正少年使節や慶長遣欧使節が、スペインを訪れている。
1975年〜(昭和50年〜)
□現代
→ フランコの2日後、彼に「後継者」として指名されていた歴代スペイン王家(ハプスブルグ家断絶後のブルボン家)の血を引くフワン・カルロス1世が即位。この国王が、大方の予想を良い意味で裏切り、非常に民主的な施策を進める。1978年、現行憲法発布。ここでは、スペインが社会的で民主的な法治国家であること、またスペインは自由・正義・平等、そして政治的に多様な思想に重要な価値を認めてこれらを尊守することが謳われている。ちなみに現在も在位中のこの国王、スペイン市民の人気がすこぶる高い。
民主化後は中道右派が政権の座についていたが、1982年の総選挙で、当時40代のフェリペ・ゴンサレスを党首とするPSOE(社会労働党)が与党に。しかし長期政権下で汚職が進んだことが嫌われ、1996年の総選挙で敗退。これも40代の若き党首アスナールを擁しイメージアップに成功したPP(国民党)政権に移る。
同政権は高度経済成長やユーロ導入に成功するが、徹底した親米路線は2003年に行われた反イラク侵攻デモに100万人単位の参加者を出すほど反発を受ける。2004年3月11日、総選挙の3日前に起こったマドリード同時多発列車爆破テロがきっかけとなり、政権は再びPSOEの手に。サパテロ現首相は、これまた40代という若さである。

