バルセロナ / BARCELONA

紀行文 『奇才の故郷に、ごめんくさーい』


サグラダ・ファミリア

【歴史】

 現在はカタルーニャの州都として位置づけられるバルセロナは、首都マドリードにひけをとらない大都市。ここのひとたちは、自分たちをスペイン人なんかではなく、「カタルーニャ人」だと思っている。スペイン統一後、500年が経過した現在でもなお。




 地中海の照り返しを受けてキラキラ輝くバルセロナ。スペインらしい情熱と、ヨーロッパらしいノーブルさを兼ね備えた、魅力的な街である。1992年にはオリンピックが開催され、知名度をさらに上げた。


 バルセロナは紀元前6世紀、西地中海世界でマルセイユを中核に勢力を広げつつあったギリシャ人によって建設された。その後、覇権を握ったカルタゴの支配下に入り、当時の支配者ハンニバルの名にちなんで「バルセロナ」と名づけられたという。

 ともにローマ帝国の属領となり、イスラム教徒の支配を受けたのち、バルセロナの歴史がスペインの他地域と大きく変わるのは9世紀のこと。この地域はイベリア半島のキリスト教徒によるレコンキスタではなく、フランスのフランク王国によってキリスト教徒の土地となったのだ。エブロ河からピレネー山脈に至るこのイスパニア辺境領が、やがてフランク王国の衰退に乗じ、バルセロナ伯国として独立。つまり、バルセロナのオリジンは、フランスにあるのだ。道理で、同地の公用語カタランも、フランス語によく似ている。

 13〜15世紀には、バルセロナを中心とするカタルーニャ=アラゴン王国が最盛期を迎える。スペイン東部からコルシカ島、ナポリ、サルディニア島、シチリア島、ギリシャの一部まで版図に収めたのだ。15世紀、王子フェルナンドが、イベリア半島を支配する二大勢力のもう一方、カスティージャ王国女王イサベルと結婚し、最後のイスラム教国グラナダも陥として、1492年に半島統一。しかし、歴史のなんという偶然。これがちょうどコロンブスの新大陸発見と重なり、スペインにとっての重要性は地中海から大西洋に大きくシフト。新大陸貿易の玄関口も、当然、地中海に面したバルセロナではなく、大西洋から川で直接遡航できるセビージャに移り、バルセロナは歴史の表舞台から姿を消すことになった。


 とはいえ、地中海にピレネー山脈にエブロ川にと豊かな自然と地の利に恵まれた土地である。経済活動の底力が違い、19世紀にはスペインではじめて産業革命が起こる。それほど力のある土地だからだろう、近現代のスペインの偉大な芸術家の多くがバルセロナやその近郊の出身。筆頭が、ガウディ。街のランドマーク的な建物サグラダ・ファミリアをはじめ、いかれた建築物はいまも街中にしれーっと残る。サルバドール・ダリは、同じカタルーニャの、さらにフランス国境に近いフィゲラスの出身。そこに、卵がズラリと並ぶダリ美術館がある。またひとりの奇才、ミロもここ。究めつけは、20世紀の巨匠ピカソ。彼は青春時代をバルセロナで過ごしている。あぁ、天才ばっか。


 というわけで、バルセロナ市民は自分たちの町にとても誇りを持っている。それが、強力な中央集権化を図るフランコの思惑に適うわけもなく、自治権を剥奪され、公用語の使用も禁止される。30余年にわたるフランコ独裁時代、スペイン中央政府に冷や飯を食わされたという恨みは深い。これが、彼らが自らをスペイン人ではなく、カタルーニャ人と呼ぶゆえんである。いまでも、サッカーのF.C.バルセロナ対レアル・マドリー戦では、街中が異様な盛り上がりを見せる。そのすごさ、少なく見積もっても巨人阪神戦のさらに100倍くらいはあるだろう。




【観光】

 バルセロナは、観光旅行で訪れるためにあるような街。気候は一年を通じて温暖、地中海は夏にはビーチになり、また常に新鮮な魚介類を提供してくれる。背後には山も控え、とにかく自然に恵まれている。そんでもって街を歩いていれば次々と奇々怪々なモデルニスモ建築が現れるのだ。スペインらしくなく、ファッションも料理も洗練されている。これはもう「バルセロナ・ランド」とでも命名したいくらいの、充実ぶりだ。

 鬼才ガウディのサグラダ・ファミリアやモザイクのトカゲちゃんが出迎えるグエル公園があり、天才ピカソの作品を少年時代から多数収蔵するピカソ美術館がある。異才ミロが生前に自らプロデュースしたミロ美術館は、モンジュイックの丘に。さらに電車かバスで1時間半ほどいけば、奇才ダリの故郷フィゲラスの町に、愉快なダリ美術館がある。いやはや、これ以上にいったいなにを望もうや?

 あぁ、しかもまだあった。世界遺産もあるのだよ。まずは上記のガウディの作品からみっつ、グエル公園グエル邸カサ・ミラ。カサ・ミラはメイン・ストリートのグラシア通りをぷらぷら歩いているとすぐに現れる。同じくモデルニスモ建築のバトリョー邸も、アマトリェール邸も、リェオ・モレラ邸も同じ通りにあるばかりかほとんど並んでいるという都合の良さ。いやはや観光天国。さらにはガウディと同時代のやはりモデルニスモを代表する建築家ドメネク・イ・モンタネールの作品もふたつ、世界遺産となっている。ひとつはカタルーニャ音楽堂、もうひとつはサン・パウ病院。前者はグラシア通りから徒歩2分、後者も頑張れば歩いていけないことはない場所にある。

 街中は歩道が広く、観光の中心となるグラシア通りランブラス通りなども非常に歩きやすい。ただマドリードと同じく大都市であるため、あらゆるひとが集まる。防犯には留意するに越したことはない。人通りが少ない時間帯や場所は要注意。詳しい内容は、治安情報のページで。




【名物料理】

 海沿いのバルセロナは、魚介類が豊富。いわゆる地中海料理ということで、あっさりした味付けが中心。フランスに近いということで、味付けや盛り付けに、ちょいと洒落たセンスが感じられることも多い。


 たとえばパンひとつにしても、Pan con Tomate「パン・コン・トマテ」(パンのトマト風味)になったり。これはトーストの切り口にニンニクとトマトを刷り込んで塩とオリーブオイルをたらしたもの。上に生ハムや焼きピーマンを乗せても良い。

 他にも、Butifarra「ブティファラ」(ふっくらしたソーセージ、「白」の方はとくに)、Crema Catalana「クレマ・カタラナ」(カタルーニャ風クリーム、クレーム・ブリュレと焼きカスタードプリンの中間くらい)など。そうそう、パエジャにでも肉や野菜のソテー類にも、Ali Oli「アリ・オリ」(ニンニク風味マヨネーズソース)が添えられるのも特徴である。たしかカタルーニャ語で、「アリ」がニンニク、「オリ」がオイル。

 そしてはい、バルセロナ近郊のいちばん有名なレストランといえば、エルブリ。天才シェフのフェラン・アドリアを擁し、ミシュラン3つ星で、「世界でもっとも予約が取りにくいレストラン」と言われる。OK、これ以上の説明は不要だろう。


 飲み物としては、食前酒には、いや食間でも食後でもいいから、Cava「カバ」。カタルーニャ地方で作られるスパークリング・ワインで、スペインでのシャンパンのようなもの。またワインの産地としては近郊のPenedes「ペネデス」Priorato「プリオラト」の評判が高い。ペネデスはカバの中心産地だが、白ワインも美味い。プリオラトは91年に生産地呼称制度に認定された新しい産地で、専門家が研究を重ねて高品質のものを少量生産しはじめたところ。生産やブドウのブレンドなどにいろいろと新しいスタイルを取り入れ、かなり注目されている。



パン・コン・トマテとブティファラ(手前)

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