チンチョン / CHINCHON

16世紀そのままの広場

【歴史】

 古くから人類が住み着いていたと思われる地域だが、町は、教会ができた16世紀あたりで時を刻むのを忘れてしまったよう。ただ、この町を舞台にした面白い話がふたつ、ある。


 町の外れからは、新石器時代の遺物が発掘されており、かなり古くからここに人類が住んでいたことがわかる。11世紀よりキリスト教徒が住みはじめ、15世紀に領主が支配するようになる。

 17世紀、ときのペルー副王の妻として現地へ入ったチンチョン伯爵夫人がマラリアに倒れる。このとき侍女として仕えていた先住民インディオの女性がインカに伝わる門外不出の秘薬を与えたところ夫人の病が完治したのが、マラリアの特効薬キニーネの発見だったと伝えられている。というわけでキニーネの語源はチンチョンであり、スペイン語でChinchona「チンチョナ」と呼ばれる。ちなみにその侍女は夫人を毒殺しようとした嫌疑で火あぶりにかけられそうになったところ、意識が回復した夫人が駆けつけて処刑は中止され、その夫人の誠実さに打たれてインディオが薬の秘密を明らかにした、などという後日談もつく。しかし、これらはすべて、キニーネの普及を図った作り話だというのが一般的な見解。いうならば、当時のCMだったわけだ。


 18世紀は、この町が唯一スペイン史の震源地となった時代。まずフランスからやってきた初のブルボン家の王、フェリペ5世がこの地で宣誓式を行った。さらに同世紀末には、ゴヤの名画がからむ事件の舞台のひとつとなる。

 ときのカルロス4世の王妃マリア・ルイサの、「王以外に知らぬものはない」愛人として知られる若き宰相マヌエル・ゴドイと17歳で政略結婚させられたのが、後のチンチョン伯爵夫人であるマリア・テレサ。ゴドイは王妃の寵愛をかさに随分派手に振舞ったが、ゴヤに自宅サロン用に『裸のマハ』を発注したのもそのひとつ。しかし1808年、ナポレオンのスペイン侵攻に対して逃亡を図ったカルロス4世に対して民衆は暴動を起こし、王を退位させ、ゴドイを逮捕。ただ、チンチョン伯爵夫人については皆が同情していたため見逃されたという。そんな彼女の可憐な姿は、ゴヤが『チンチョン伯爵夫人』として残している。上記2作品や『カルロス4世の家族の家族』などゴヤの傑作は、いずれもプラド美術館所蔵。





【観光】

 マドリードからの日帰り観光地として、市民の間でも人気が高い。中世そのままの広場は、素朴な美しさ。

 マドリードから45kmほど南に位置するチンチョンは、人口4.000の小さな村。見どころといえば16世紀のままの、剥き出しの地面を木造バルコニーをもつ3、4階建ての建物がぐるりと囲むマヨール広場と、ゴヤの『聖母昇天』画があるヌエストラ・セニョーラ・デ・ラ・アスンシオン教会くらい。  しかし、町全体が醸し出す素朴な雰囲気は、喧騒の都市マドリードとはまったくの別世界。広場に面したカフェでコーヒーを飲むだけでも、リフレッシュできる。祭りの日なら、広場で行われる闘牛を見ることもできるだろう。





【名物料理】

 ニンニクとアニス酒の産地として有名。


 チンチョン名物は、Ajo「アホ」(ニンニク)と、Anis「アニス」。広場を囲む土産品店には、数珠繋ぎになったアホや、アニス酒やアニスのお菓子が売られている。

 アニスは食後に飲むと消化を助けると言われる。そのままではちょっときついというひとは、食後のコーヒーを頼むときにCarajillo de Anis「カラヒージョ・デ・アニス」と頼めば、コーヒーにアニス酒と砂糖を足したものを出してくれる。

 このあたりは原産地呼称制度認定D.O.Vinos de Madrid「ビノス・デ・マドリー」が赤と白を生産しているが、とても庶民的なものが多く、夏など気軽にCasera「カセラ」(甘い炭酸飲料)やGaseosa「ガセオサ」(炭酸水)で割って楽しんで良いだろう。

 なお、広場すぐ横のパラドールに勤めるシェフは数々の賞を得たひとで、敷地内で栽培するフレッシュ・ハーブや地元のキノコなど旬の食材を使って、とても洗練された料理を出している(2003年)。


アニス酒

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