【歴史】
王家の霊廟があるエル・エスコリアル修道院を中心とする町。マドリード市民が週末を過ごす別荘地としても人気が高い
グアダラマ川が流れる山すその町、エル・エスコリアル。なにもなかったと言って良いこの土地に、1561年、当時太陽の没することなき帝国と謳われたスペインの王フェリペ2世が、修道院を建てるように命じた。工事は翌々年に開始し、1584年に完成。フェリペ2世は、ここでその生涯を終えている。
マドリードから約50kmの距離にあるこの町は、市民が週末を過ごす別荘地でもある。とくに夏場は、マドリードより標高が高く、少し離れると緑も多いエル・エスコリアルを、多くの市民が訪れる。マドリードと結ぶ近郊電車も頻繁に運行されていて、このあたりの郊外の住宅地から市内まで通勤するひとも見かける。
ちなみに正式な名称となっている「聖ロレンソ」は、フェリペ2世が初陣でフランス軍を破ったサン・キンティン(サン・カンタン)の戦いの日、8月10日の守護聖人。
【観光】
エル・エスコリアル修道院の見学に尽きる。この修道院であり元王宮は、世界遺産に登録されている。
修道院は幅207m、奥行き161mという壮大なもので、華美な装飾を排した外観からは、圧倒的な威厳が漂っている。豪華な主祭壇をもつ教会、フェリペ2世の父であり神聖ローマ帝国皇帝としてスペイン最大の版図を手中にしたカルロス5世以降の代々の王を埋葬する霊廟、天井のフレスコ画が見事な図書室、エル・グレコやティツィアーノ、ティントレットの名画が並ぶ美術館などが見学可能。
なお、エル・エスコリアルへ向かう途中、山の中腹に巨大な十字架が立っているのが見えるかもしれない。エスコリアルからほんの15km地点にあるこれは、バジェ・デ・ロス・カイードス(死者の谷)といわれるもので、1940年にフランコ将軍が自身の墓として建設を命じたもの。高さ150mのこの十字架の下には、フランコの他にも、プリモ・デ・リベラ将軍などスペイン内戦での犠牲者4万人が葬られている。十字架のクロス部分までは、エレベーターで昇り、パノラミックな景色を見ることができる。
ちなみに「あの十字架のまわりにゃ、フランコの墓を作るために酷使された人民戦線側の人間の遺体が埋葬もされずにごまんと転がっているよ」というのは、市民の間でよく語られる話。