【歴史】
フランス国境まで数十kmというこの町の名前が世界的に知られるようになったのは、ほんの数十年前である。あるひとりの天才の、生地、そして終焉の土地として。
フィゲラスの名前が初めて歴史に登場したのは10世紀のこと。現在のフランス国境とさほど離れていないこの町は、戦略上重要な意味を持つため、さまざま勢力が支配を欲してきたところだという。1267年、カタルーニャ=アラゴン連合王国の支配下に入る。当時の王はジャウマ1世。シチリアからサルディニア、コルシカの大半まで版図を広げ、王国に最盛期をもたらした人物である。しかしその後の数世紀にわたり、町の支配権はフランス勢力によって度々脅かされることとなった。
フィゲラスの名前が初めて重要性を持ったのは、1939年1月、国民戦線が包囲するなかで、スペイン第二共和国政府の最後の国会が開かれたときである。3ヵ月後、国民戦線を率いてきたフランコ将軍は勝利を宣言、1975年まで36年間に及ぶ独裁が始まることになる。この町もまた、凄惨なスペイン内戦の傍観者ではいられなかったのだ。
それから少し遡る1904年、この町にひとりの天才が生まれている。その名は、サルバドール・ダリ。1989年に息を引き取ったのも、この町であった。この、スペインが誇る世紀の奇才によって、フィゲラスの名は世界中に知られることになった。
【観光】
町は、バルセロナとフランスを結ぶ鉄道の路線上にある。ダリ美術館を訪れるためだけに、世界中から観光客がやってくる。
町について、ひとの流れに沿って歩くと、卵がたくさん載っかった奇妙な建物が現れるだろう。それが、ダリ美術館である。もともとは19世紀の古い劇場だったものを、ダリ自身が改装を手がけ、1974年にダリ美術館として開館した。
ここは美術館というよりも、テーマパーク。ダリが趣向を凝らした仕掛けを、全身で楽しむことができる。代表的な作品を紹介すると、低い階段の上に設置されたレンズを通して見ると部屋まるごとが女性の顔に見える『メイ・ウエストの部屋』、サロンの天井の一面に描かれた巨大なフレスコ画『風の宮殿』など。さらには広々とした空間の壁の高いところに展示された絵画は、近くから見て、さらに反対側の壁の階段を登ってから見て、ようやくダリの仕掛けを楽しめるようになっている。その名も『20m離れるとアブラハム・リンカーンの肖像に変わる、地中海を見つめるガラ』という作品だ。
天才の作品を、理屈ぬきで存分に味わえる美術館。ダリ・ファンならずとも訪れる価値があるのではないか、というのが、私の感想である。
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『メイ・ウエストの部屋』