紀行文 『伝説の恋人、だけじゃない町』
【歴史】
アラゴン地方の他の都市と同様に、ローマ時代の後、イスラム教徒支配下に入り、それからキリスト教勢力下に入る。そして現在、合言葉となっているTeruel Existe「テルエル・エグジステ」とは?
ケルト・イベロ族によって建設されたというこの町では、ローマ時代にはすでに大規模な戦闘が行われていたという。レコンキスタ時代も、キリスト教勢力が早く支配権を獲得したいと熱望したらしい。実際にキリスト教勢力下に入ったのは1170年で、それ以降の世紀にはカテドラルに代表されるようなムデハル様式の建築物が多く作られ、現在まで残されている。
もうひとつ、テルエルの歴史で忘れてはならないのは1937年の冬だ。例年になく非常に厳しい寒さだったというこの冬、この町で、スペイン内戦下でもっとも激しい戦闘が行われた。なぜ、このテルエルが激戦地となったのか。それは、テルエルから地中海沿いの町カステジョンに至るラインを支配すれば、共同して戦線を張っているバレンシアとバルセロナの人民戦線勢力を分断することができるという、戦略上の理由があったからだ。このテルエルの戦いでは、戦闘自体による負傷はもちろん、寒さや飢えなどで、両陣営ともに数千の犠牲者を出すという凄惨な結果となった。
現在この町は、住民曰く「半島内の県庁所在地で、唯一マドリードから直行のバスが運行されていない(鉄道はもちろんんあい)」というほどに、歴史のメインストリームから忘れ去られている。そこで住民はTeruel Existe!「テルエル・エグジステ!」(テルエルは存在する!)を合言葉に、全国に先駆けて無料のインターネット回線を確保するなど、将来に向けた町おこしに精力的に取り組んでいる。
【観光】
12〜13世紀を中心に建設されたムデハル様式の美しいカテドラルや教会、塔などは、世界遺産となっている。また、町を舞台にした『テルエルの恋人』という悲話も有名。
グリーンの鮮やかなタイルの屋根が印象的なカテドラルは、ムデハル建築の最高傑作のひとつと言われる。ムデハルとは、キリスト教勢力下のイスラム教徒のこと。鐘楼が完成したのは17世紀ということで、華やかなチュリゲラ様式も見られる。他にもムデハル建築の代表的なものとして、サン・サルバドルとサン・マルティンのふたつの塔がある。こちらは12世紀のもので、やはりレンガの塔の一面に施されたグリーンとブルーのタイルの装飾が美しい。
サン・ペドロ教会もムデハル建築なのだが、ここはそれよりも伝説の『テルエルの恋人』が葬られていることで、とくに有名な場所だ。
〜〜テルエルの恋人〜〜
13世紀、テルエルに一組の若い恋人がいた。女の名はイサベル、家は町の名門。男の名はディエゴ、家はかつての名門だが、こちらはすでに没落している。女の父はディエゴに、5年間で富と地位を築くよう告げる。ちょうど5年目を迎えた日、約束を果たして町に帰ってきたディエゴは、イサベルと他の男との結婚を告げる教会の鐘の音を聞く。失意のディエゴはイサベルのもとに忍び、一度だけ別れの口づけを、と懇願する。人妻になったからと断るイサベル。イサベルが3度目に首を振ったとき、ディエゴは落胆のあまり絶命する。そうして翌日行われたディエゴの葬儀に現れたイサベルもまた、ディエゴの遺体に口づけするやその場に倒れ込み、再び目を開けることはなかったのだった。
シェークスピアが名作『ロミオとジュリエット』のモチーフとした、とテルエルの人々が胸を張るこの伝説の恋人の墓が、サン・ペドロ教会内にある。大理石で在りし日のふたりをかたどった墓の下部は格子状になっていて、16世紀に発掘された骸骨が覗いている。ちなみに一部のガイドブックには「生前に結ばれなかったふたりは死後しっかりと手を握り合い」と書いてあるが、よく見ると、ふたりの手は重なっていそうで、触れていない。教会の職員の話によると、その「距離」こそが、ふたりの悲恋を表現しているのだという。。
【名物料理】
「テルエル豚」はブランドとして確立されていて、白ブタの最高峰。
黒ブタのイベリコ豚ほど全体にサシが入っているわけではないが、白ブタテルエル豚は柔らかく、肉にクセがなくてこれも美味。トンカツなら俄然こちら。もちろんスペインであり、豚が良いということで、このあたりのJamon Serrano「ハモン・セラーノ」(生ハム)やEmbutidos「エンブティードス」(腸詰類)は評価が高い。2005年には、世界生ハム会議も開催された。