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2006年05月20日

21世紀

『20世紀』(橋本治、ちくま文庫)と、昨日の内田樹さんのブログ『エビちゃん的クライシス』を読んで考えたこと。
フェミニズムは、すでに私の世代では、「なんだか嫌なかんじのもの」として受け止められていたのではないかと思う。
ただしここでいうフェミニズムは、私が高校時代に舛添要一とのバトルで人気となった田嶋陽子に代表されるような振る舞い、であるが。

彼女たちは、「他責的な語法」を進め、終いには「私は被害者なんだからその報復としての加害を無制限で認めなさい」という話し方をするようになっていたと記憶している。
男が女をブスというと糾弾するが、女が男をブサイクだのハゲだの言うのは、「被害者だから許される」。
そうして私はそんな彼女たちの話法の胡散臭さというか品のなさに、本当に嫌気がさしていた。
(ちなみに、なぜか彼女たちは日本の男を糾弾する際、レディー・ファーストの外国男性と比較する。しかしレディー・ファーストこそ、「女はバカで弱い、守るべきもの」という女性蔑視の考えから生まれたものだったはずだが)

被害者としての声を、上げなければならない時代が、たしかにあったのだろう。
でも、もうそれは過ぎたのではないか。
たとえば、「労働者は資本家に搾取される存在だ」という考え方がある。
そこにはかなり正しい部分もあるだろう。しかしそれに捉われたとき、「とはいっても、働くのってさ、けっこう楽しかったりするよねー」という意見を受け入れる余裕を、失ってしまうのではないか。
もしそんなことを言ったなら、「そのような考え方こそ、資本家の搾取を許容するんだよ。お前のような労働者こそが、労働者の敵なのだ!」と糾弾されるのかもしれない。
これを私のイメージするフェミニストに置き換えてみる。
寿退社をしたり、あるいはちょっと気分転換にお茶汲みでもしようものなら、「女がそういうことをするから、いつまで経っても男女平等にならないのよ。まったく女の最大の敵は、女なんだから!」と、糾弾するのではないか。
なんせ私がそういうこと言うやつだったから、わかるのだ。ナハハハハ。
こうなるともう、フェミニズムのファシズムだ。
しかしそんなファシズムこそ、私たちがつい最近、第二次世界大戦やスペイン内戦やらで幾多もの命を犠牲にして、「もう終わりにしようぜ」と確認しあったものではなかったのか。


「お前はいつも被害者で、いつも正しいんだな」
つきあってすぐの頃から、わりと最近まで、ツレアイと喧嘩になると必ずそう言われた。
どうやらそれが、私が私の生まれ育った環境で獲得してきた話法だったらしい。
正しい被害者が常に必要とするもの、それは加害者だ。
でもそうそう加害者は見つからない。
そういうとき、私は、自分の中で加害者を作った。
「あんたがこう言ったってことは、結局、こう思ってるってことよ! そんなのひどい!」
いや、ひどいのは私である。
無実の罪を着せられたツレアイは
「んなこと考えてねーよ、そんなひねくれたこと考えるのお前だけだよ!」と言い、「またいつもの、お前の勝手な逆恨みの被害妄想癖だよ、それ」と教えてくれた。
それを何度も何度も繰り返して、ようやく私は、世の中を邪悪な加害者で満ち溢れさせているのは私自身なんだと、気がついた。

正義を主張したい被害者は、加害者を、自らの妄想の中で作り上げる。
「教団外の世界」は、地下鉄サリン事件以前に、オウム真理教を迫害したか?
「悪の枢機軸」は、実際にアメリカを攻撃したか?
「幼少期のトラウマ」は、私のすべての自己実現を阻害したか?
100%罪のない私は、いるのか?
正義の私が「他人」を責めて、それで私はハッピーになるのか?

キリストは石打ちの死刑となった女の処遇について、「あなたがたのうちで罪のない者が石を投げるがよい」と言った。
釈迦は子を喪って悲しむ女に、「まだ一度も死人を出したことのない家から芥子の種をもらっておいで」と言った。
仏教のことはよくわからないが、キリスト教の「原罪」という不可解なロジックは、「自分を100%の被害者=正義にしないため」の装置なのではないだろうか。
釈迦はそれを「罪」ではなく、別のかたちで、自覚させようとしたのかもしれない。

自分にも罪があることを、あるいは他人にも自分と同じ悲しみがあることを自覚するとき、たぶんひとは、声高に自己の正義を主張して他人を糾弾することをためらう。
先日のブログで私は、師事するAさんと兄事する吉川さんを念頭に、「私も恥ずかしげのあるひとになりたい」と書いたのだけど、それはつまり、こういうことだったのかもしれない。
それは私にとって「恥ずかしげのないオバサン」としか思われなかったフェミニストたちとは、対極に位置する姿だ。


メディアはまだ被害者に、「加害者のことをどう思いますか?」と訊き、暗黙のうちに彼らの期待する「私がこの手で殺してやりたいくらいです」という答えを引き出しているのだろうか。
メディアはまだ被害国の住民に、カメラをまわす前に加害国のシンボルを手渡し、それを打ち壊し燃やすシーンを放映しているのだろうか。
もう、いいじゃないか。
まぁ、メディアがそういう語法に染まったときには、もうその考え方は古くなっているという証拠であってほしいと願っているけれど。

ちなみに私自身がいちばんの被害者となったのは、スペインで泥棒に入られたことと、日本で強制わいせつに遭ったことだ。実はこのときに押し倒された怪我がもとで、現在まで続く腰痛もちになった。
憎かった。そりゃあもちろん、憎かった。
でもそれでは私は楽にならなかった。かえって思い出すたび、辛かった。
許せたか? いや、それもなさそうだ。どちらも犯人は捕まっていないが、ちゃんと法的に裁かれてほしいと願っている。
では、どうしたか。
どうしたんだっけ……?
ともかく、いまも、生きている。
理不尽なことが起こる、それを呑み込んで、生きている。きっと誰もがやっていることだ。
どちらも私が死ぬほどのことではなかった。縁があって、まだ生きている。
正しくなくったって、罪を犯したって、罪を犯されたって、なんていうか、生き続けて、そこそこ楽しんでいる。
あるべき姿を探すのではなく、ここにある不恰好な私の生を生きるしかないんだよなぁと、思っているような、でもそう書いてみたらウソのような。
このところを伝える語法を、どうやら私はまだ持っていません。

投稿者 kanasol : 2006年05月20日 14:40

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