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2008年11月03日

長崎の日々の泡、そして遠眼鏡

いい本だ。

「あの世まじりの夏」

だれが言ったか、
夾竹桃が紅い年には、
長崎によくないことが起こるという。
原爆が落ちた年も、
水害があった年も、
ひときわ紅かったのだと。

親類縁者を見渡すと、
お父さんのお姉ちゃんだった子や、
おばあちゃんの弟なんかが、
だいたい一人や二人、
8月9日に死んでいる。

数万人分の命日と、
あっちのお盆、
こっちのお盆が重なる長崎の夏は、
見えない気配で騒々しいが、
いつかまた会う人たちなので、
恐ろしいことはなにもない。


いい言葉だね。
「七人のサプライズ」でもおなじみトンビさんが、『長崎迷宮旅歴』という本を出された(下妻みどり、書肆侃侃房 http://www.kankanbou.com/kankan/item/259)。
同じ「ええ、地方ですしね写真も撮りますライター」業をやっていた者として、だからこそわかる、ものすごく丁寧に、対象が輝く瞬間を根気よく待って待って撮られた写真たち。
そして、彼女を育んだ長崎という土地に、最大限の敬意を払い、けっして土足で踏み込むことなく綴られた、優しくあたたかな言葉たち。
本を手にしているその時間が、柔らかく快いこと、このうえない。

この本を読めば、きっと、長崎のことがちっともわからなくなる。
なぜ「長崎の夜はむらさき」なのか、なぜ長崎人は墓参りの時に親類一同が墓場で酒盛りするのか、まぜ銅座んにきは旧香港以上にアジアなのか。
謎は深まるばかり。
まさに迷宮。
ところで内田師匠によると、「わかった」は、愛の終わりを表すのだという。
「あなたのこと、ようくわかった」は、代表的な別れの台詞だ。
逆に愛の始まりは、「あなたのこと、もっと知りたい」。
長崎への愛を点火させる、それが、長崎が選びし平成の(でも昭和の匂いも濃厚です)語り部・下妻みどり(=トンビさん)がこの本で行ったことなのだろう。
長崎を知るひとは、(旧)長崎水族館の「ひんやりとして水っぽく、生臭いような臭い」や「家族と一緒だったはずなのに、長いこと一人で過ごしていたような気がする」記憶がありありと蘇り、心の、チャンポン臭の立ち上るあたり、ラードで炒められたペラペラのカマボコの安い紅色のあたりが、きゅんと疼くに違いない。
長崎を知らないひとは、実は「みんなパクリ」の「くんち」への尋常じゃない情熱や、中通りの「本田のこんぶ」のパッケージに佇むワカメちゃんあるいはコンブちゃんのイラスト、あるいは長崎と鹿児島、沖縄、台湾、香港、マカオ…をつなぐ「媽祖ネット」に唖然とし、そして、そんな「とっぺさき」が仮にも多少知っているつもりの日本本土の西端に実在するという事実に、居ても立ってもいられなくなるだろう。

長崎という生きた土地がさまざまな場所でぽわり、ぷかりと放つ小さな囁きに耳を澄まし、細心の注意と愛情とともに、記録する。
そんな長崎の日々の泡は、時に、下妻みどりさんという慧眼を得て、幕末を、昭和を、あるいは東シナ海の対岸を見通す遠眼鏡になる。
彼女の仕事を宮本常一のそれと重ねたくなるのは、私だけではないだろう。
みどりさんには本当に、シーボルトや龍馬から「お父さんのお姉ちゃんだった子」まで、「いつか会う人」たちの声が聞こえているのではないだろうか。

(『長崎迷宮旅暦』 ISBN 978-4-902108-83-5、ちなみにアマゾンからでも買えます。)

投稿者 kanasol : 2008年11月03日 13:10

コメント

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投稿者 bpbwmpdoald : 2003年01月11日 01:45

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投稿者 3h8ss : 2010年06月27日 22:40

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